第7話 土地を、分ける
問題は、必ず遅れてやってくる。
農地の使用権再配分を正式に布告した、その翌日だった。
「領主様!」
執務室の扉が乱暴に開かれる。
入ってきたのは、顔を紅潮させた男だった。
「勝手な真似をしてもらっては困る!」
エリシアが即座に前に出る。
「失礼です。ここは領主の執務室——」
「分かっている!」
男は叫ぶ。
「だが、農地の管理権は我々管理人の仕事だ! 使用権を勝手に分けるなど、前例がない!」
アレンは、静かに男を見た。
「名前は?」
「……カール。代々この地の農地管理を任されている」
「なるほど」
アレンは、机の上の帳簿を一冊取り上げた。
「十年分の記録を見た」
男の眉がぴくりと動く。
「耕作率、六割以下。収穫量、横ばい。人口、減少」
淡々と数字を並べる。
「管理されていない」
「それは……人が減ったからで——」
「原因と結果が逆だ」
アレンは遮った。
「管理されていないから、人が減った」
沈黙。
カールは、歯を食いしばる。
「だが、権利は権利だ。管理権は——」
「成果を出せ」
短い一言だった。
「この十年で、成果を出せなかった管理人に、これからも任せる理由があるか?」
重い空気が落ちる。
エリシアでさえ、息を呑んだ。
「……これは、貴族への挑戦ですよ」
低い声で、彼女が言う。
「承知している」
アレンは頷いた。
「だが、これは革命じゃない。効率化だ」
その日の午後。
農地再区画が始まった。
測量。
区画線の設定。
契約書の作成。
想像以上に、反発は大きかった。
「なんで、あいつがあんな広い区画を!」
「昔から耕してきたのは俺だ!」
「不公平だ!」
怒号が飛ぶ。
アレンは、全てに答えた。
「広さは、労働力と実績に応じている」
「過去ではなく、これからで決める」
「不満があるなら、成果で示せ」
冷たいようで、平等だった。
ハインツが、ぽつりと呟く。
「……領主様は、優しい人じゃねえな」
「必要だからだ」
アレンは即答した。
「優しさは、余裕ができてからでいい」
数日後。
数字が、明確に変わり始めた。
作付面積、急増。
労働時間、増加。
耕作放棄地、急減。
「……これは」
エリシアが帳簿を見て、言葉を失う。
「予想より、早い」
「競争が生まれた」
アレンは答える。
「だが、問題はこれからだ」
その夜。
ガルドが、低い声で報告した。
「農地管理人の一部が、動いている」
「具体的には?」
「不満を煽っている。『土地を奪われる』『次は家だ』と」
アレンは、目を細めた。
「予想通りだ」
改革で真っ先に困るのは、管理していなかった者だ。
「どうします?」
「放置はしない」
アレンは立ち上がった。
「説明会を開く。全員集めろ」
翌日。
農民、管理人、治安隊が集まった。
ざわめく空気の中、アレンは前に立つ。
「土地は、奪っていない」
静かな声だったが、よく通る。
「所有権は、変えていない。変えたのは、“使い方”だ」
反発の声が上がる。
「だが、こう問いたい」
アレンは続けた。
「この十年で、誰が得をした?」
沈黙。
「領地は痩せ、人は減った。誰が豊かになった?」
誰も答えない。
「なら、続ける理由はない」
空気が変わる。
「成果を出した者は、次の期間も優先する」
「出せなかった者には、再挑戦の機会を与える」
そして、はっきりと言った。
「ただし、妨害した者は除外する」
その言葉は、刃だった。
説明会の後。
不満は消えなかったが、暴発もしなかった。
理由は単純だ。
畑が、結果を出し始めていたからだ。
夜。
エリシアが静かに言う。
「……敵を作り切りましたね」
「中途半端が、一番危険だ」
アレンは帳簿を閉じる。
「これで、農業改革は引き返せない」
窓の外では、畑に明かりが灯っている。
耕され、分けられ、競われる土地。
だが、その光は同時に——
王都からも、見える。
アレンは理解していた。
この改革は、もう辺境の話ではない。




