第6話 耕されない土地の理由
畑に足を踏み入れた瞬間、アレンは違和感を覚えた。
「……広いな」
それが第一印象だった。
だが、同時に分かる。広いだけで、使われていない。
草が伸び放題の土地。石が転がり、畝の形も崩れている。
耕せば確実に実りそうな土質なのに、人の手が入っていない。
「これで、食糧が足りないと言われてもな」
隣で、ハインツが苦笑した。
白髪の老農で、この領地で生まれ育った男だ。
「耕さねえ理由があるんですよ、領主様」
「聞かせてくれ」
ハインツは、鍬の柄に手を置いた。
「この辺りは全部、共有地です」
「つまり、誰の土地でもない」
「正確には、“みんなの土地”です」
その言い方には、長年の諦めが滲んでいた。
「誰がどれだけ耕しても、収穫は村で均等に分ける。出来が良くても悪くても、同じ取り分です」
アレンは頷いた。
帳簿で見た制度だ。
「頑張る理由が、ない」
「ええ」
ハインツは即答した。
「若い頃は、それでも必死にやりました。ですが……」
彼は遠くを見る。
「隣の畑の奴がサボってても、取り分は同じ。だったら、自分も最低限でいいってなります」
アレンは、土を掴んだ。
湿り気もあり、痩せていない。
「制度が、人を怠けさせている」
「そういうこった」
そこへ、エリシアが口を挟む。
「ですが、共有地は平等の象徴でもあります。下手に変えれば、反発が……」
「分かってる」
アレンは立ち上がった。
「だから、所有権は触らない」
「……では?」
「使用権だ」
エリシアが目を見開く。
「一定期間、区画ごとに割り当てる。成果はその区画の担当者のもの。ただし、税は収穫に応じて払う」
ハインツが、ゆっくりと息を吐いた。
「……本気ですか」
「ああ」
「サボったら?」
「没収する」
短く、冷たい答えだった。
「平等は守る。だが、努力は報われる」
その日の夕方。
農民たちが集められた。
最初は、不安と疑念。
次に、ざわめき。
「本当に、自分の分になるのか?」
「期間が終わったら?」
「隣と差が出たら、どうなる?」
質問は尽きなかった。
アレンは、一つ一つ答えた。
「契約で保証する」
「期間終了後、更新は成果次第だ」
「差が出るのは当然だ。それが、努力だ」
沈黙。
やがて、一人の若者が手を挙げた。
「……やらせてください」
それを皮切りに、声が増える。
「俺も」
「私もだ」
畑に、人が戻った。
数日後。
変化は、すぐに現れた。
「……深いな」
ガルドが畑を見て言った。
「前より、耕し方が違う」
「自分の土地だと思えば、扱いも変わる」
アレンは数字を見ていた。
労働時間が増えている。
作付面積も、確実に。
だが――
「問題も出ています」
エリシアが報告書を差し出した。
「倉庫が足りません。収穫量が増える前提で、保管能力が追いついていない」
「輸送は?」
「荷馬車が不足しています。特に遠方の畑」
アレンは、ペンを止めた。
「……成功が、早すぎる」
嬉しい誤算だが、放置すれば崩れる。
さらに、別の報告もあった。
「商会が動き始めています」
「買い叩きか」
「はい。『今なら高くは買えない』と」
アレンは、静かに息を吐いた。
「予想通りだ」
成功すれば、必ず寄ってくる。
それが、商人だ。
夜。
アレンは執務室で、地図と帳簿を並べていた。
「……農業は、単体じゃ回らない」
生産。
保管。
輸送。
流通。
一つでも欠ければ、崩れる。
エリシアが言った。
「改革が、次の改革を呼んでいます」
「健全だ」
アレンは答える。
「問題が出るのは、前に進んでいる証拠だ」
だが、同時に理解していた。
この規模になると、もう「一領主の裁量」では足りない。
視線は、確実に外へ向かう。
アレンは、帳簿に新しい印を付けた。
――農業改革、第一段階完了。
――次は、流通と税だ。
そして、その動きは――
必ず、王都に届く。
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