第14話 提案
王都は、変わっていなかった。
石畳。
高い城壁。
忙しなく行き交う官僚と商人。
だが、アレンの目には、別のものが見えていた。
「……流れが、詰まっている」
馬車の窓から街を眺めながら、彼は呟く。
「人も物も、多い。でも、無駄が多い」
エリシアが小さく笑った。
「それ、王都で言うと嫌われますよ」
「もう嫌われている」
アレンは淡々と返す。
中央評議院に通されたのは、午後だった。
以前のような大広間ではない。
少人数の、閉じた会議室。
そこにいたのは——
宰相ダリウス、数名の高官、そして王女セレナ。
「遠路ご苦労」
形式的な挨拶の後、すぐ本題に入った。
「辺境領の改革は、成功と見ていい」
ダリウスが言う。
「数字は、事実だ」
その言葉に、場がわずかにざわめく。
称賛に聞こえるが、温度がない。
「だが」
すぐに、続いた。
「この成功は、王国にとって“扱いが難しい”」
アレンは、何も言わなかった。
続きを待つ。
「他領が、同じことを求め始めている」
「だが、全てに自由にやらせれば、統制が崩れる」
王女セレナが、静かに言った。
「あなたのやり方は、正しいと思います」
「でも……勝手に広がるのは、困る」
つまり——
管理したい、ということだ。
「そこで、提案がある」
ダリウスが、一枚の書類を差し出した。
「辺境領を中心とした、試験的な“統治連合”の設立」
「物流、税制、治安の一部を、王都が監督する」
エリシアが息を呑む。
「……事実上の、直轄ですね」
「誤解だ」
ダリウスは微笑んだ。
「自治は認める。だが、枠組みは王国が決める」
アレンは、書類に目を落とす。
権限は、増える。
だが同時に——
「制約も、増える」
「当然だ」
ダリウスは頷く。
「成果を出す者には、責任も伴う」
沈黙。
アレンは、ゆっくり顔を上げた。
「拒否した場合は?」
空気が、わずかに張りつめる。
「周辺領との調整は、難しくなる」
「通行、流通、協力……保証できない」
つまり、締め出される。
王女セレナが、視線を逸らさず言った。
「これは、罰ではありません」
「期待です」
アレンは、短く笑った。
「期待という名の、首輪ですね」
誰も否定しなかった。
しばらくして、アレンは言った。
「条件を、一つ」
「ほう」
「人事に、口を出さないこと」
「現場の裁量を、残す」
ダリウスは、即答しなかった。
数秒の沈黙。
「……検討しよう」
それが、限界だった。
会議は、合意とも不合意とも言えない形で終わった。
帰りの廊下で、エリシアが低く言う。
「……飲まされましたね」
「選択肢は、なかった」
アレンは答える。
「だが、完全に負けたわけでもない」
王都の窓から、街を見下ろす。
「枠組みは与えられた」
「あとは、どう使うかだ」
その夜。
王女セレナは、私室で呟いた。
「……危ない人だわ」
だが、その目には——
わずかな期待が宿っていた。
一方、宰相ダリウスは、書類を閉じていた。
「首輪は、つけた」
「だが……」
彼は、静かに笑う。
「噛み切る気があるかどうか、だ」
王都の夜は、静かだった。
だが、動き始めた歯車は——
もう、止まらない。




