68話 信頼する先生
寒川からいじめをうけている男子生徒は一輝の姿が見えなくなった後、すぐに職員室へと向かった。
自身が信頼する竹内に相談するためだ。
男子生徒は1階のフロアから階段を駆け上がり、職員室前の廊下に到着する。
歩を止めずに、職員室のドア前まで来ると、躊躇わずに戸をノックする。
それから、中の教員の反応を待たずに、「失礼します」と口にして入室する。
入室すると、男子生徒の視界にはたくさんの教員が座って作業する姿が映った。みんな忙しそうだ。
その中から竹内を発見すると、その席まで自ら足を運ぶ。
「すいません。竹内先生。少し、お時間宜しいでしょうか?」
男子生徒は畏まった面持ちで竹内に声を掛ける。
「うん?新田か?どうしたんだ。珍しいな!」
竹内は少し意外そうな反応を示す。おそらく、新田が初めて職員室で竹内を尋ねたためだろう。
「すいません。僕、今すごく悩んでいるんです。だから、その悩みを聞いてくれませんか?」
新田は神妙な面持ちで用件を伝える。嘘はついていない。正直に伝えている。
「・・・。おう。わかった。場所はここでいいか?それとも変えるか?」
「ここでは話しずらいので、職員室前の廊下でいいですか?」
新田はそう口にすると、職員室の出口へと向かう。不思議と場所の選択は一輝と同じだった。
竹内も後を追うように歩を進める。
「失礼しました!」
新田は礼儀正しく挨拶をし、職員室を退出した。
続いて、竹内は何も言わずに同じように退出する。教員なため挨拶をする必要がないため、当然の行動に見える。
「それで、何なんだ。新田の悩みは。結構深刻なのか?」
竹内は当然の疑問を投げ掛ける。だが、本当は新田がいじめられている事実を知っているはずだ。それなのに、白々しい態度は皆無だった。意識的に表面化しないように努めているのだろうか。
「あの。いきなりですが、僕、結構前から同級生の寒川君からいじめを受けているです。楽しいからという理由で肩パンやチンパンを何度も受けているです。それなのに、周囲はまったく気づかずにいじめは徐々にエスカレートしています。ここ最近は精神的にきつく、このままでは耐えられないと感じ、先生に打ち明けました」
新田は流れるように言いたいことを捲し立てた。かなり、溜まっていたものがあったのだろう。それを身体から吐き出すために、自然と流暢に言葉が形成された様子が推量できる。現に、彼は先ほどよりもわずかにスッキリした顔をしている。
「そうか・・・」
竹内はなぜかうんうんっと頭を縦に振る。意味深な動きだった。
「・・・悪かった」
突如、竹内は新田に対して頭を下げた。何度も下げられた形跡のあるきれいな姿勢だった。
「ど、どうしたんですか先生。急に頭を下げて」
新田は竹内の不自然な行動に狼狽する。目の前で起こっている出来事が信じられない様子だった。
「正直に打ち明けると、俺は新田が寒川によっていじめられている事実を知っていた。ちょっと前からな」
竹内は頭を下げた状態で暴露する。
「え・・・」
新田の目が点になる。さらに、衝撃な言葉に驚きを隠せない。なぜなら、竹内が自身のいじめについて知ってるなど夢にも思っていなかったのだろう。だから、当然の反応と言える。
竹内は頭を上げる。その結果、新田と目が合う形になる。
「私が担任を務めるクラスの生徒から報告を受けたんだ。バスケ部でいじめられている部員がいると。俺はその報告を受けて、即座に対処しようか迷った。すぐに動き、寒川に注意し、叱り、罰を与えればおそらくいじめは消えるだろう。そしたら、新田も苦しみから解放される。それはハッピーなことだ。だが、これからのお前の人生を考えた時、俺が手を出して助けた場合、誰かに助けを求めるような行動を身につけさせられないと思ったんだ。ここで、いじめられている中、助けを求めて行動できれば、今後そういった状況でも同じように行動できる。だから、俺は敢えてお前からのSOSを待ってたんだ。でも、この判断は教員としてはNGかもしれない。苦しむ生徒がいながら放置していたのだから。だから、本当に申し訳ない!」
竹内は再び、頭を下げる。竹内の言動には誠意が籠っている。嘘偽りは存在しないように感じる。
「そ、そうなんですね・・・」
新田は呆然とそんな返しかできなかった。予想外の言葉や事実が次々と彼の前に現れたのだから。無理もない。
「だが、安心してくれ。お前が勇気を出して、助けを求めた。だから、俺は全力でお前を助ける。寒川には必ずいじめをやめさせる」
竹内は頭を上げ、力強い眼差しを新田に向ける。決意を示すように。
「あ、ありがとうございます・・・」
新田は反射的にお礼を述べたようにしか見えなかった。多分、まだ気持ちが追いついていないのだろう。でも、それも時間が解決するだろう。徐々に新田も現状や事実を理解できるようになるだろう。
その後、その日の内に竹内から注意ときつい説教を受けた寒川は強制退部とまではいかなかったが、きついペナルティが課された。校内の外周200周という鬼畜なペナルティが。外周200周を達成するまで、決して練習には参加できない条件付きで。
そのため、次の日から新田に対するいじめは完全に消滅した。
新田は以前よりも圧倒的に居心地の良い空間で部活に参加できた。
逆に、寒川は終わりが見えない地獄の外周を激しく息を荒らし、わずかに鼻水を垂らす醜態を晒しながら、憂鬱な顔で全力で走っていた。未だに、寒川は10周もしていないのにも関わらず。




