53話 言えない
「あの・・ありがとうございました・・・」
美月は落ち着かない様子で松本にお礼を述べる。
「お礼なんていらないわ。だって、私はあなたに救われたんだもの。そのあなたが困っていたなら助けるのは当然だわ」
松本は美月と並んで歩きながら、優しい口調で諭す。
「あの〜。申し訳ありませんが、お名前を教えていただけませんか?」
美月は子犬のようにおそるおそる聞く。
「私は松本比奈。あなたのお兄ちゃんと同じクラスの女子よ。あなたの名前は?」
「朝元美月と言います。おにぃと同じクラスだったんですね。兄がお世話になっております」
美月は会釈するように軽く頭を下げた。
「っ!?」
美月の丁寧な対応に顔を歪める松本。非常に居心地の悪そうな表情である。
おそらく、自身が美月の兄である一輝に対して行った仕打ちを思い出し、後悔しているのだろう。
「どうかしたんですか?」
松本の異変に反応する美月。敏感に様子の変化を察知したようだ。
「・・・私は、私は朝元君の妹さんに頭を下げられるような人じゃないのよ。本当に」
松本は明らかに気分が沈んだ人みたいに俯きながら、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「それって・・・どういうことですか?」
美月は硬い表情で問う。まるで面接官に問い詰めれているときのような面持ちで。
「それは・・・現時点では教えられないわ」
松本は美月に視線を向けず、地面を直視したまま答える。松本の身体の周囲には負のオーラが漂う。
「どうしてですか!」
美月は簡単に引かずに食い下がる。隣で歩く松本に少しだけ距離を詰める形で。
「ごめんなさい・・。教えてしまうと絶対にあなたをひどく傷つけてしまうから」
松本は申し訳なそうに弱々しい目で美月を見つめた。
美月は松本の態度に明らかな戸惑いを示す。その証拠に美月の両目の瞳は落ち着かずに右左を行き来する。
「わかりました」
美月は神妙な面持ちで頷いた。松本の胸中を推量した結果なのだろう。
「ですが、もし話せる時が訪れましたら、私に教えてくれませんか?」
美月は松本の瞳を覗き込む。そして、黙って松本の返事を待つ。
「わかったわ。そのときが来たら必ず話すわ。あなたには絶対に聞いてもらう必要があるから」
松本は不器用に笑みを浮かべた。
「それと、今日から松本さんを比奈さんって呼んでいいですか?私のことも美月と呼んでください!!」
美月は照れたように頬を赤く染めながら言う。
どうやら、美月は下の名前で呼び合う仲になりたいらしい。
「いいわよ。・・よろしくね。美月ちゃん」
松本はぎこちない返事をしながら、顔を合わせた。それから、薄く微笑み合った。
「それにしても、比奈さんってお強いんですね。何か武道を習っていたんですか?」
「やっていたわ。小学校1年生から中学3年生まで合気道を習っていたわ」
松本は顔色1つ変えず、クールに対応する。
「へぇー!凄いですね!!私、武術とか全然経験したことないですし、尊敬します!」
「そんな大層なものでもないわ。ただ単に長くやっていただけよ」
美月と松本は2人で仲睦まじく会話をしながら、住宅地に面した道を進む。
美月が積極的に話を振るうちに、松本も少しずつ自身から話をし始めた。
その後、2人は別れるまで会話に勤しんだ。
⭐️⭐️⭐️
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