52話 返り討ち
「私は松本比奈。地元の高校に通っている高校生よ」
松本は渡辺に向けて簡単に自己紹介を始めた。それから両腕を胸の前で組む。
「地元の高校に通ってる?そうなんですか。といっても、僕たちは今忙しいんです。だから、申し訳ありませんが、どこかに立ち去ってもらえませんか?」
渡辺は冷静ながらもストレートに自身の抱く気持ちを伝える。
「忙しいね・・・。それって真実かしら。私はあなたが無理やりその子に接近したようにしか見えないけど」
松本は渡辺の言葉に一切怯まずに、淡々と自身の主張を口にする。
「それに顎クイまでして」
松本は追加として追い討ちをかける。
「そんなのなぜあなたがわかるんですか?一部始終を見てないですし、朝元さんの胸の中の気持ちもわからないでしょ?」
渡辺は動揺したのか。早口で捲し立てる。
今のところ、道に人は通らない。そのため、不自然な目を向ける人間は存在しない。
「じゃあ、その子に聞いてみるわ」
松本は渡辺から美月に視線を移動させた。そのため、今まで黙っている美月と松本の目が合う。
「あなたは無理やりこの男に迫られたの?」
松本は真剣な瞳で美月に問い掛ける。そんな松本を渡辺は無表情で見つめる。
「・・・」
美月は口を開けず、その場に静寂な空気が数秒生まれる。
しかし、松本は何も言わず、口を噤んで美月を待つ。
「・・・」
美月は声を出さずとも、涙を頬に流しながら首を縦に振った。
「どうやら、彼女は無理やり迫られたと主張しているみたいだけど」
松本は得意げな顔を渡辺に向ける。
「くっ」
渡辺は悔しそうに歯ぎしりした。
「それと、この男が無理やり接近したであろう場面もしっかり写真に収めているから」
松本は制服のポケットからスマートフォンを取り出し、渡辺に見えるように掲げる。
「なっ!?」
渡辺は愕然とする。
無理もない。松本の携帯の画面には渡辺が美月を電柱に追い込んでいる写真が映し出されていたからだ。
「いつのまに!それに、シャッター音なんて聞こえなかったぞ・・・」
渡辺は狼狽えながら、落ち着かずに視線をあちこちさせる。
「あぁ。それはシャーター音をオフにしているからよ。だから、不幸なことにあなたは気づかなかったのよ」
松本は用が済んだとばかりにスマートフォンを制服のポケットに仕舞う。
「この写真と彼女の証言があればおそらくあなたは逃れられない。学校に報告すれば大変なことになるんじゃないかしら?」
松本は鋭い目つきを形成する。まるで渡辺に事の重大性を理解させるように。
「っ!?そんなことはさせない!させるものかー!!」
渡辺は素早く美月から距離を取ると、鬼気迫る顔で勢い良く松本に襲い掛かった。
正直、渡辺は松本が高校生とはいえ女子なため、勝算があったように思える。
しかし、松本は華麗にかわすと、渡辺を軽く地面に押し倒して腕の関節を決める。
その予想外の展開に美月は大きく目を見開いた。
「い、いたい!いたい!」
渡辺は地面に身体全体を密着させた状態で喚き声をあげる。
「もう、そこの子には近づかないって約束できる。いい?」
松本は語気を強めて、より腕に力を込める。
「いたぃ!?わ、わかりました。わかりました!そうします。そうしますから〜」
渡辺は全身をジタバタさせて叫ぶ。
「言ったわね。しっかりと言質取ったわよ」
松本は渡辺の腕から手を放し、解放した。
迅速に立ち上がった渡辺はおぞましい存在を目にしたかのように松本を認識した後、ダッシュでその場から消えて行った。
「まったく。たまに男でああいう奴いるわよね」
松本はどんどん遠くなる渡辺の後ろ姿を眺めながら、盛大にため息をついた。
渡辺がその場から消えてしばらくして、美月は力が抜けたように地面に座り込んだ。
美月はぐったりしてしまう。
そんな美月のもとに松本は駆け寄る。
「大丈夫?ケガとかしてない?」
松本は心配した表情で美月の様子を窺う。足を畳んで目線も美月に合わせた状態で。
美月はわずかに戸惑いを示す。しかし、すぐに打ち消すと、未だに目にわずかな涙を溜めたまま、弱々しく頭を縦に振るのだった。
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