36話 中学時代
(過去)
今から約2年前。莉菜や一輝は中学3年生だった頃のある日。
莉菜は誰もいない教室に1人で自身の机に突っ伏していた。
「・・・つらい・・・」
誰もいないことをいいことにボソッと静かに独り言をつぶやく。
「なにもかもがつらい」
それは誰に対しての言葉でもなく、ただの本音である。
莉菜の家族は父、母、彼女を含む3人家族である。莉菜の家族はごく一般的な家庭であり、家族関係も良かった。
そんな家庭に生まれた彼女は何不自由なく育てられてきた。しかし中学生3年生になった頃、彼女の人生は一変した。
突如、父親と母親の仲が悪くなったのだ。理由はわからない。莉菜は何度も母親に聞いたが、適当な理由を並べられて教えられることはなかった。
父親が仕事から帰ると、毎日のように母親との口論が始まる。激しいときは食器やコップが割れることもあった。
夜に始まる両親の喧嘩は当然の如く、自室に身を置く莉菜にも伝わる。莉菜は毎回、恐怖から逃げるように布団に潜りながら両耳を押さえていた。こうして、両親の荒々しい声を少しでも自身から遮断していた。しかし、両親の口論の音量は大きいため、莉菜の行動も空しく、聞きたくない両親の荒々しい声や内容は莉菜の耳に届いていた。
両親の間に漂う不穏な空気を日々感じ取りながらも、莉菜にはどうすることもできなかった。両親の間に割って入って仲介する勇気を残念ながら所持していなかった。
そのため、両親が離婚するかもしれないという不安を抱きながらも日々を過ごしていくしかなかった。
「どうして・・・私がこんな苦しいことを味わないといけないんだろう・・・」
莉菜にとって両親は尊敬できる存在だ。その2人が仲違いしている姿を見るだけで心が痛む。自分が原因ではないことはわかっているのだが、莉菜の心の中で罪悪感が生まれる。
「もう嫌だよぉ・・・」
莉菜の目からは自然と涙が流れてくる。以前の仲が良かった両親はもういない。日に日に関係は悪化し、喧嘩もエスカレートしている。学校生活では以前と変わらない態度で過ごしているが、実際はぎりぎりの状態だった。最近では授業や友人達との会話にも集中できないときがある。
「莉菜!遅くなってごめん!」
莉菜しかいない教室に一輝が早歩きで入室する。先ほどまで、一輝は提出物を出しに職員室に行っていたのだ。そのため、莉菜は彼を待っていたのだ。
「ううん・・大丈夫だよ・・・」
そう言いつつも、莉菜の声はどこか弱々しく聞こえる。一輝にばれないために、セーラ服の袖で涙を拭き、自席から立ち上がる。
そして鞄を持ち、2人は一緒に下校した。
2人は帰路に着き、他愛もない会話をする。
莉菜は時折、笑みを浮かべるが、胸中では多大な悲壮感が漂っていた。
「ねぇ、莉菜・・」
突然、一輝が足を止める。
不自然に思いながらも、莉菜も一輝に合わせて足を止めた。
「どうしたの?かずくん」
莉菜が首を傾げながら尋ねる。
真剣な眼差しを見せる一輝が視界に映る。
「莉菜・・・最近辛そうだよ。それに無理もしている気がする」
「えっ・・・」
莉菜の表情が一瞬にして強張る。まさか自分の状態を見抜かれるとは思っていなかったからだ。それに、見抜かれないように精一杯努めてもいた。
「その反応。やっぱり」
一輝は一瞬、顔をしかめる。
「っ・・そんなことないよ。私は大丈夫だよ」
莉菜は言葉とは裏腹に動揺を隠すように目を逸らした。
「俺には話せない?」
莉菜はその問いに答えられなかった。話たとしたら、一輝に迷惑が掛かると思い、口に出すことが叶わなかった。
2人の間に気まずい静寂な生まれる。莉菜も一輝も中々口を開こうとしない。
「わかった。今は聞かないことにするね。でも、これだけは覚えといて。俺は莉菜の味方だから。莉菜がどんな状況になっても、絶対に見捨てたりなんかしないから!」
莉菜は目を大きく開けて、一輝の顔をまじまじと見つめる。驚きから口は半開きをキープしている。
「じゃあそろそろ帰ろうか」
「・・・う、うん」
莉菜はぎこちなく返事をして、再び歩き出す。一輝も莉菜に合わせるように歩く。
(現在)
「そういえばあの頃からだよね。かずくんを幼馴染ではなく1人の男の子として意識をし始めたのは」
莉菜は懐かしさを感じながら、帰路にある住宅地付近を進む。
結局、莉菜の両親は高校1年生の途中で離婚する形となった。そのため、莉菜はその間、ごたごたして一輝と一緒に登下校することができなかった。
しかし、莉菜の一輝への気持ちは時間が経過するごとに膨れ上がっていった。そして、それは今でも続いている。
「大好きだよかずくん。ほんと、どうしようもないくらいにね」
莉菜は青空の下で胸の前で左手を握る。頬をほんのりと赤く染めながら。
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