34話 無意味
松本は片山の自宅に足を運んだ。
ドアの前に到着すると、深呼吸してドアフォンをプッシュした。
松本は緊張した面持ちで待機する。
「・・・はい・・」
呼び出し音が鳴った後でドアフォンから男性の声が漏れる。片山の声だった。時刻は16時頃であるため、自宅には他の家族はおらず、片山しか存在しないことが窺える。
「・・・あっ・・・。賢治・・久しぶり。・・・同じクラスの比奈だよ・・」
松本は不安そうな表情を浮かべながら、言葉を紡ぐ。その際、唇はわずかに震えていた。
「・・・比奈!?・・どうしてここに!?」
片山はドアフォン越しからも伝わるほど、驚きの声を張り上げる。
「賢治!!もう大丈夫だから!!!賢治を嘘告白で傷つけた白雪は不登校になったし、嘘告白を企てた鳴本も本性が明らかになって立場を失ったの!!私がそうなるように仕向けたの!!!鳴本と白雪の険悪な会話を録音してSNSで拡散させる方法を取って実現させたの!!これで賢治も不登校から抜け出せる!!!賢治に危害を加える可能性のある害悪は消えたのよ!!」
松本は片山の声を聞くなり、興奮気味に鼻息を大きく荒らしながら、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。そして、使用した道具を見せびらかすように顔の辺りでスマートフォンを掲げた。
「あぁ。そうか。・・・そうなんだな」
片山は松本が想定していたよりも圧倒的に薄いリアクションを示した。
「何?その陳腐な反応・・・。喜ばないの?賢治を傷つけた2人が不幸になったのよ?それに、学校に行けば、また前のような楽しい高校生活を過ごせるのよ」
松本はあからさまに困惑した顔を浮かべた。まさか、ここまで無関心な態度を示すとは思わなかった。それを象徴するように、松本の身体は小刻みに震えている。
「確かにそうかもしれないな」
「えっ?」
松本は耳を疑うような声を出す。
「お前のおかげで目障りな奴は消えたり存在感を失ったかもしれない。それは俺にとって少なからず都合の良いことだろう。だが、もう俺は学校に行きたくない。もう2度とあんな痛い目には遭いたくないんだ」
残酷にも、片山は松本の心境を完全に考慮せず、自分の感情のみを優先させる。
「・・・そんな・・・どうして?なんでそんなことを言うの?そんなこと言わないでよ!!もしかして、私のやったことは無駄だったの!?私は賢治のために必死になってやったのに!!」
松本は悲壮感漂わせる。まるで自分の行動が全て否定されたような気分に陥っている感じだった。
「そうなんだな。それは悪いことをさせてしまったかもしれない、だが、俺は決して頼んでいない。だから、勝手に行動したお前にも責任があるんじゃないか?」
片山は突き放すように言った。自分自身は決して悪くないといった口ぶりだった。本当に最低である。松本がどんな気持ちでこの行動を決行したのか、考えようともしていない。
「それでさ。俺、さっきまでゲームをプレイしててさ、お前のためにゲームを中断してるんだ。面白いことに不登校になってゲームに熱中したんだよ。だから、そろそろ切ってもいいか?」
片山は松本の返事を待ちもせずに、ドアフォンの電源をオフにする。片山は駆け足でゲームのもとに向かう。そのため、片山の肉声が途絶える。
しかし、松本はそれらの失礼な行動に反応しない。いや、反応できないのだろう。
今の彼女の瞳には光がなく、虚ろなものになっていた。まるで絶望しているかのように。
松本は身体から全神経が抜けたように脱力し、手に保持していたスマートフォンを落とした。
スマートフォンは重力に敗北して地面に衝突する。画面は派手に割れて破損してしまった。
松本は壊れたスマートフォンを心配して確認する素振りすら見せなかった。ただ、呆然と立ち尽くしていることしかできていない。
それから数秒後、空からはぽつぽつと雨が降る。通り雨なのか。すぐに雨が強くなる。
松本は傘を持っていなかった。だから、強烈な雨に襲われ、彼女はそのままずぶ濡れになるしかなかった。
それでも、松本はその場を動かなかった。動こうともしなかった。しばらくすると、松本の足元に水溜まりができる。身体も靴もぐしょぐしょだった。
しかし、松本は静かに泣いていた。雨に打たれながら、誰からも認識されない雨と見分けがつかない涙を頬を伝って流しながら。
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