第陸幕の漆
サッカー少女アイリスの小学生時代です。
アイリスもジョージと同じように、今住んでいる豊穣町にはジョージと同じくらいの頃に学年が変わると同時に引っ越してきたのだ。転校初日、彼女は小学生にとってありがちな「マイノリティへの洗礼」を受けた。
「こいつ金髪だ!」
「外人だー! はろー! はろー!」
女子とはすぐに打ち解けることができたため、相手は主に男子だったが自分の容姿に対する明らかなからかいの意思が込められた対応に無視を決め込んではいたが心中は辟易していた。人間誰しも他人とは違うところが必ずあるが、それがわかりやすいものだとこの世代にとってはこうして標的にされやすいのである。
だが、その声をピタッと止ませることができた見せ場はすぐにやってきた。
転校して1週間が経った頃にあった体育の授業。この日はサッカーの試合をすることになった。アイリスが入ることになったチームは、彼女をからかっていた男子たちがいるチームと対戦することとなった。
「俺たちの圧勝に決まってるよな!」
「だよなー。楽勝楽勝!」
体育着の上にオレンジ色のゼッケンを着けた彼らが自信満々なのもそのはず、そもそも彼らは運動が得意で体育の授業でいつも活躍している。そのうえ、黄色のゼッケンを着けたアイリスのチームはあまり運動が得意ではない生徒や普段はサッカーをやらない女子が過半数を占めており、狭いグラウンドとチーム数の都合で試合ができず観戦していたチームの面々の中に、アイリスのチームが勝てると思っている者は皆無であった。
だが、試合が始まるとその下馬評はあっさりと覆された。
キックオフと同時にアイリスが即座にボールを支配下に置き、次々と相手チームの選手を軽々抜いていく。そのまま試合開始から1分も経たずにゴールキーパーを務めていた男子生徒はゴールが決まっていたことにすら気づかないほど鮮烈なシュートを決め、校庭中が驚愕と衝撃の渦に包まれる。
2点目を防ぐべく男子たちはすぐにアイリスをマークするが、引っ越す前に入っていたジュニアチームでこういった事態には慣れっこだった彼女にはボールと散歩でもしているかの如く悠々と進んでいき、着実にボールを相手のゴールにシュート。
「土屋さんすごい!」
「もしかしてハットトリックとか!?」
体育の授業であることが信じられないほどに盛り上がりを見せたこの試合は、選手が吹っ飛ぶ、ボールが火を噴く、ゴールネットがシュートの勢いで破れるといったどこぞの超次元サッカーとは別の意味でもはやアイリス一人と相手チームによる「サッカーのような何か」にすらなってしまい、アイリスのチームの他のメンバーは完全に蚊帳の外にされてしまい、彼女と男子たちの死闘をただ見守るだけになってしまっていた。
彼女の思ってもみなかった大活躍にクラス中、特に女子たちはアイドルやイケメン俳優が目の前にいるかの如く黄色い声をあげて熱狂していた。
引っ越す前からジュニアチームでサッカーをしていた彼女にとっては体育の授業と精々漫画や雑誌などにあったサッカーに関する記事や動画で知り、練習して覚えた小手先のテクニック程度しかなかったちょっと運動神経がいいだけの男子たちは試合の相手としては力不足だったのだ。
「おい! みんなであいつをマークだ!」
諦めの悪い男子たちのマークは厳しくなり、ゴールキーパーを除く全員がかりでのマークになる。だがそれでも冷静に対応し、あっさりと3点目が決まる。この鮮やかなシュートに、両軍と観戦していた生徒、さらには先生や、たまたま校庭を通りかかっていた用務員までもが拍手喝采だった。この得点が決まった直後、試合時間を確認していた審判の生徒によりホイッスルが校庭に鳴り響いた。彼女が体育着の上からつけていた黄色い10番のゼッケンは、まるでプロリーグや代表の選手のユニフォームのような輝きを放っており、スポーツ用品店などで売っているそれには全く見えないほどだった。
私も実は小学校のサッカーの授業でハットトリックを決めたことがあるので彼女にも決めてもらいました。




