第壱幕の肆
三日坊主は何とか免れました。過去編、もうちっとだけ続くんじゃ。
残るは魔物を操っていた男のみになった。人々や町、たくさんのかけがえのない大切なものを護るべく、振袖小町は渾身の一撃を放とうとしていた。
「これで……とどめです!」
振袖小町が赤・青・黄・緑・銀の五色の光を360度全方位に放つと、生き残っていた魔物たちが一斉に消滅していく。その直後、振袖小町は膝をつく。
「今だ!!」
男は放たれた五色の光をすべて浴び、虫の息となっていたが力を振り絞り左手に装備していた割れた鏡から禍々しき光を放つと、それが振袖小町の体を貫く。
光そのものに威力はなく、こけおどしかと思われた次の瞬間だった。彼女が首から下げていた勾玉の紐が切れ、自らの意思を持つかのように勾玉は男の左の掌へと渡っていく。すると、纏っていた振袖から爆炎が上がりだす。
「!?」
振袖の力か、少女の体にはやけど一つつかず彼女の意識は残っていたが、体中を包む炎に怯え、狼狽える。騒ぎを聞きつけやってきた野次馬たちをかいくぐって宮司と少年は桶に汲んだ水で消火を試みるも、振袖と炎には一滴も水がかからず跳ね返された。
次第に炎は勢いを増し、恐れをなした野次馬たちも逃げていくのと反比例するように町のたくさんの建物を包んでいく。江戸の町始まって以来の未曽有の大火である。
「くくく、これで我が願い、叶ったも同然よ……! 天よ、ここに我が命を捧げる!! 我が志を継ぐ者よ、未来は任せたぞ……!! ふっはははははははははは!!!」
自らの命が風前の灯火であることを悟った男は、右手で錆びた剣を鞘から引き抜き、それを高く天に掲げる。不気味で意味深な叫びと高笑いとともに、男は熱く燃え盛る炎の中へと消えていった。
これまでに類を見ない大惨事を巻き起こした火事の火元となってしまった振袖小町は、振袖の力にも限界があったのか彼女の体こそ無傷であったがその意識は徐々になくなっていき、炎が燃え広がるにつれて彼女が纏っていた振袖が布ではなくまるで宝石でできているかのようにだんだんと結晶化していった。
「しっかりするんだ! 目を覚ましなさい!!」
「おい! 死ぬんじゃねえよ!!」
宮司と少年の叫びもむなしく、振袖小町が目を覚ますことは二度となかった。結晶化された振袖は、彼女の命の灯が消えたと同時にひびが入り、割れて無数のカケラとなり散り散りになって飛散していった。魔物との戦いで残ったものは、眠っているかのように穏やかな顔をした少女の亡骸と、三日三晩燃え上がった炎によって焼け野原と化してしまった江戸の町の無残な姿だけだった。
史実であった出来事が物語に関わることってありますよね。大学時代に振袖火事の話が出てきたことがこの作品の着想なんでそこからは逃れられない運命でしたw