第参幕の漆
悲しき過去、明かされます。
気分転換のために、生徒会室を出ていくアイリス。サッカー部の練習試合は続いていたが、それから極力目をそらしてゆっくりと歩いていく。彼女の人生が変わるきっかけとなった言葉が頭をよぎる。
さくらたちが住む町である花ヶ咲の隣町である豊穣町を拠点に活動しているジュニアユースのサッカークラブ「レオーネ豊穣」に、幼いころからサッカーに親しみ、サッカー発祥の国イギリスの血が作り上げたフィジカルと、日本らしさを感じさせる男子顔負けのテクニックを武器に、めきめきと才能を開花させた「未来のなでしこジャパン」と謳われた一人の天才サッカー少女がいた。だが、彼女の道ははかなくも断たれてしまうこととなった。
それは2年前の金木犀の香りが町を通り抜ける秋のことだった。彼女が所属するサッカークラブは、男女でそれぞれ違うチームが活動していた。そこで、男女混合での交流試合が行われたときのことだった。
「(うっ、痛い、でもこれくらい……!)」
数日前に対外試合で膝を痛めていたアイリスだったが、男女両方のサッカー部の強豪校が視察に来ていたこともあり本人はそれを悟られないよう試合に臨んだ。本調子でないのが嘘のようにいつもの実戦と同様鮮やかなドリブルやシュートで相手チームを翻弄し、輝きを見せていたアイリスは軽々とドリブルで相手チームの男子の選手たちを次々と抜いていくアイリス。いよいよ相手のゴールにシュートを決めようとして片足立ちになり、今まさにシュートを決める、その瞬間だった。
アイリスが蹴ろうとしていたボールを奪おうとしてきた男子の選手がいた。しかし、彼の脚の標的はボールではなく、試合に勝つという覇気とは違った感情が込められていたのだ。
スパイクを履いた状態での強烈なキックを軸足である左脚、それも膝にもろに受け、衝撃が走る。本来とは程遠い威力で蹴られたボールは力なく転がり、バランスを崩してグラウンドにうつ伏せになる形で崩れ落ちたアイリスは左膝を押さえてうずくまる。それを境に、彼女の掌と周辺のピッチの芝が少しずつ赤く染まっていった。
故意に行った可能性から、悪質なキックを敢行した選手はレッドカードで即刻退場、試合途中だったがすぐさまアイリスは負傷退場で病院へ直行。怪我の影響はしばらくは自力では歩行ができないレベルだった。後日指導者に紹介された医師の診察で宣告された言葉は、彼女にとって人生を変えることを余儀なくされる非情なものとなった。
「うーん……大変申し上げにくいのですが、この具合では、完治しても日常生活には支障は出ませんが、また元のようにプロを目指してサッカーをやるのは難しいでしょうね」
「そんな……! 先生、どうにかならないんですか!?」
悲痛なアイリスの声も空しく、幼いころからの夢であったサッカー選手への道はあっけなく閉ざされた。アイリスはレオーネを泣く泣く退団。危険なキックをした男子選手も問題行為を重く見たクラブチームによって退団を余儀なくされた。
現実とは非情で、時に事実を否定したくなる。怪我以降は、天才サッカー少女と言われることが何よりも嫌だった。怪我が過去の栄光という言う形で常について回っていたようだった。プレーはもちろん顔なじみのサポーターも多くいたスタジアムでの観戦も足が遠のき、過去から離れて女子サッカー部がない彩羽高校に進学したアイリスだが、彼女はさくらたちを見て、逃げずに過去に目を向けようとしていた。
辛い過去は誰にでもある、しかしそれを乗り越えていくのが人生。




