第弐拾捌幕の伍
人生の分岐点。
「そして、この後に私たちの最初の分岐点が訪れた」
妹が自分たち姉妹のこれまでを語っているとは知る由もない姫は、一人自室でくつろいでいた。
「みんなが私のことを姫と呼んで崇めてくれている……! この世界の全てが私のものになる日も近い!!」
理想郷が近づいている、なのに思い浮かんだのは遠い過去の記憶だった。
10年近く前。とある芸能事務所がアイドルユニットを結成することになり、SNSでメンバー募集していることを知った千花は、常々キラキラした世界で自分が主役になることを心の奥底で望んでいたこともあり迷わず応募することにした。
「ねぇねぇ、これ応募したんだけど、ひなたもどう? ま、厳しいとは思うけど」
「私はいいよ、でも応援には行くから、お姉ちゃん頑張ってね」
オーディションが行われた当日。
自分の番が終わった千花は達成感をもって帰ってきた所を迎えてくれたひなたとともに他の参加者のオーディションが全員分終わってから帰宅しようとすると、一人の男性に呼び止められる。
「君って本橋さんの妹さん?」
「ええ、そうですけど……」
「なら君もオーディション受けてみてもらえませんか?」
「えっ!?」
「いいんじゃない? ひなたかわいいし絶対受かるよ!」
成り行きではあったがひなたもオーディションを受けることとなった。会場に向かっていく背を冷めた目で見送った。
「(どうせあの子はただのがり勉だから受かるわけないし、オーディションさせても別に構わないよね)」
姫がその日のことを思い出している頃、ひなたによる独白も同じ内容に差し掛かっていた。
「そのとき私もいた。最後にもう一人オーディションやるんだ、って思ったからよく覚えてる」
何をすればいいのか、ダンスや歌の課題曲が何か、いずれもその場で言われたものだったが、ずっと歌やダンスの練習にも付き合っていたこともあり傾向がつかめていたひなたは、歌詞や振り付けもうろ覚えではあったが門前の小僧習わぬ経を読むといわんばかりにこなしてみせた。
「後日、合否の連絡が来た。これが私たちの運命を大きく変えた」
「あ、届いた」
大学生になっていた千花は、帰りの途中で芸能事務所から届いたメールをドキドキしながら開いた。
〈本橋 千花様
この度は弊社の採用選考へご応募いただき、誠にありがとうございました。
慎重に選考を進めた結果、誠に残念ではございますが、今回はご期待に添いかねる結果となりました。
今回お預かりした履歴書等の個人情報につきましては、弊社規定に基づき、責任を持って適切に破棄・消去させていただきます。
ご多忙の中、ご応募いただきましたことに深く感謝申し上げるとともに、本橋様の今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。
株式会社バードメット〉
千花はこの通知を目にしてからふと駅の鏡に映った自分の顔が青ざめていたことが強烈に記憶に残っていた。
当時高校生だったひなたは、それより遅れて学校から帰ってきてから自分のところにもメールが届いていることに気づいた。
帰ってから千花がどうにも落ち込んでいる理由がわかり、彼女に気を遣って自分の部屋でメールを開けると、題名にはこう書かれていた。
「採用内定のご連絡……」
受かってしまった。辞退しようと思ったが、そんなことをしては本当に入りたかった姉の気持ちを無碍にすることになると断ることができなかった。
不合格の通知は来ても来なくてもきついダブルバインド。




