第弐拾陸幕の漆
勝手のわからない場所で奮闘せよ。
襲撃は同時刻に複数箇所で起こっており、被害者は口を揃えてコスプレイヤーに襲われたと証言していた。
会場内でも緊急事態になったことはアナウンスで伝わっていた。
「ちょっとトイレ」
「私も」
「俺飯買ってくる」
「そういえば知り合いのサークルにあいさつ行ってなかった」
「あおいっちがダルビッシュみたいだから一緒に医務室行ってくる」
揃って集まっていたサークルを離れた小町部の背中を渉は見送り、売り子なしで接客を再開した。
「かりんちゃん、コスプレイヤーがいそうなところってどこ?」
「今回撮影ができる場所はすぐそっちのホールと、庭園、それから屋上の3か所。このどこかにいると思う」
「なら手分けしよう」
誰がどこを受け持つか相談した結果、コンディション的に万全ではないあおいは蓮に付き添ってもらいながら今いる場所から一番近いホール、かりんはここから一番遠い屋上、そして土地勘のある彼女が途中まで案内できる庭園にはさくらとアイリスが行くこととなった。かんなはエリーに連絡してひかりに来てもらうよう手配することとなった。
「いくよ、開花!」
「わ、私も!」
「さくらちゃん、あおいちゃん、ちょっと待って!」
着ている服の都合でかりんはすぐ振袖小町になれたが、ここは通路、移動する人が大量にいる。そのうえトイレも行列、人のいない空間など皆無に等しかった。
蓮が人がいない場所を探して周りを見渡す。だが人しかいない。
「更衣室でも個人のロッカーなかったもんね……」
アイリスが残念そうにつぶやく。
「更衣室……ロッカー……そうだ! かりん、かんな、ちょっと来てくれ!」
二人に耳打ちして、危機を突破する方法を共有する。
振袖小町が分かれて通り魔を追っているのと同じ頃。当初の半分の人数にまで減ってしまったナフ・ヴァルキリーの皐月と蘭は、表向きの職業としてP&Lの本部近くで雑用をこなしていた。
「(どうして……?)」
「(頭から離れない……)」
作業のために手を動かしてはいるものの先の戦いで自分で作った夢の世界にアクシデントで取り込まれた紫苑によって形成されたかつてメンバー全員で追いかけた夢が叶っているというどんなに手を伸ばしても届かなかった光景が可視化されていたことが脳裏から離れず集中を欠いていた。
こんな有様が姫に知られてしまっては何をされるかわからない、恐怖で背筋を伸ばして作業を進めていた。
こういう場所で物理的に誰からも認識されないって事実上無理だよね。




