第弐拾伍幕の拾弐
非常事態は夢の中、だけ……?
夢の世界。ここには紫苑の手によって眠らされたたくさんの人々が見ている夢が具現化されていた。しかし、多くの女性は意中の相手と恋仲になる、全身をブランド物のファッションに身を包む、たくさんの美男に囲まれるなど幸せな夢を見ているのとは対照的に、男性と一部の女性はパワハラに苦しめられる、借金取りに追われる、夢が叶わずに人生を終える、大病を患うなどの悪夢に苦しめられていた。
「これは一体……!」
振袖小町が追ってきたことに気づいていない紫苑は、杏夏とともに夢の中で天国と地獄を味わう人々を見てサディスティックな笑みを浮かべていた。
「いいわ、もっと苦しんでる姿が見たい……!」
「夢は諦める瞬間が一番つらい、だけど姫に仕え、崇めていればそんな辛さも消えてなくなる。これで多くの人々が救われる……!」
永遠とも感じられる苦しみと束の間の幸せに包まれる人々を目にして恍惚とする二人を見て、ひなたは自分が巻き込んでしまったという罪悪感に苛まれて何も言えなかった。
「皆さん! 今あなたたちが見ている夢を現実のものにしたいですか?」
紫苑の問いかけに幸せな夢に包まれている女性たちからは肯定的な声が口を揃えて返ってくる。同じように苦しんでいる人々にも問いかけを行うと、否定的な声が上がる。
「では皆さんが方法をお教えしましょう。それは、女性の皆様は我らが敬愛する姫がお創りになる女性だけの国の国民になるだけです! 男は……そうですね、創るための労働力として使ってあげてもいいでしょう」
この声に気づいた振袖小町は考え直すよう叫ぶも女性たちの歓声の前にはもろくもかき消されてしまった。
しかし、現実世界で亀井が放つ香水の悪臭でシュガームーンの客足が途切れたこととカップルで海に来ていたところを眠らされた男性が一緒にいた女性にフラれ、その後もたくさんの女性に失恋し続ける悪夢を見ていたところをひかりが引きずり出したことから状況は一変する。
「助かったよ、ありがとう。俺の彼女はあそこにいる、振袖小町、助けてくれる?」
彼女が首を縦に振った直後、男性は夢の世界から消え、目を覚ます。強烈な太陽の日差しと亀井の香水のきつい残り香に思わず目をつぶりながら顔をしまうが、逆にそれが眠りから覚めたという実感になった。だが、この浜辺で起こる現実味のない出来事は彼にまたも降りかかってきた。
「彼の憎しみの感情に目を付けたのは正解だったようだな」
竜を象った鎧を身に纏った人物は、小菅だった。彼は彩羽高校が最初にオリエント・ゾディアックに襲撃された際にネガボットが崩した校舎の瓦礫が足に直撃して負傷していたが、振袖小町の到着が早ければ起こらなかったと逆恨みしたことをきっかけに悪に身を投じ、襲いかかってきたのである。男は目の前でまた戦いが起こっていることに目をこすってから自分の頬をつねり、現実であることを確認してから避難した。
「お前のせいで! お前のせいで!!」
小菅は一心不乱にアイリスの右脚を狙ってキックをしてくる。皮肉にもかつて事故を装い故意に衝突して負傷沙汰になった加害者と被害者の関係であることにお互い気づいていないが、アイリスは彼の脚から繰り出されるキックからは格闘技からではなくサッカーから身に付いている蹴り方を感じ、哀れみすら覚えていた。
距離を取り、にらみ合う二人。
「なんだよ、罪の意識もないのかよ、そりゃわざとじゃないもんな、そうだろ!?」
常に憎しみと恨みを前面に出した彼の威圧感にアイリスは慄くが、夢の世界へと向かったはずであるさくらたちと笑って再会するためにも改めて気を引き締めた。
小菅の負傷はアイリスが直接かかわっているわけではない、なのになぜ「お前のせい」……?




