第弐拾弐幕の漆
恐怖のランチ。
「おいしい」
ひかりの一言にアイリスはにっこりし、さくらたちは驚愕する。
「……本当においしいの?」
さくらがこっそりと小声でひかりに聞くが、彼女はなぜそんな言い方をするのか不思議そうにしつつも首を縦に振った。
彼女の言葉が本当なのか、それとも味覚が普通とは少しばかりズレているのか、はたまたお世辞でおいしいと言っているのか、答えを知るには自らの舌で確認するしかない。勇気を振り絞ってさくらも紅茶を飲むことにした。
ティーカップに注ぐと、カップの中は綺麗な色に染まっていく。それを口に近づけてゆっくりと傾け、少しずつ飲む。すると、雑味のない茶葉の風味が口の中で広がり、豊かな香りが鼻を通り抜けた。
「……こんなおいしい紅茶、飲んだことない……!」
盛り付けを始めながら、再びアイリスはにっこりとする。真実を知るべく蓮も紅茶を注いで飲む。
「これ、すっごくいい茶葉使ってるし、淹れ方もすごく上手だ……」
「だって私はティータイムの国と日本のハーフですから! この紅茶は茶葉の良さだけじゃなくてゴールデンルールに基づいて淹れてるからね! さてと……できた!」
アイリスは満面の笑みを浮かべながら盛り付けを完了させる。さくらと蓮はそれぞれダイエット中、お腹が空いていないという理由で断り、1人前がテーブルに乗せられた。
丹精込めた料理は完成してしまった。何ができたのかわからないひかりの様子を見て、さくらが質問する。
「えーと……これは何をイメージした料理?」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにアイリスは料理が何なのか説明を始める。
「まず、パスタはアルデンテが一番おいしいよね?」
突然パスタのことを話しているアイリスだが、目の前にある料理に使われている麺はおそらく蕎麦、状況と話がかみ合っていない。
「だから蕎麦の中心部に一本芯が通って歯ごたえがある状態にしてあるの!」
理屈はわかるがそれは蕎麦でやるべきではないと疑問に思うが、さくらと蓮、そしてイナリはそれを飲み込んで説明の続きを聞く。
「それと、愛知、三重、岐阜では冷やし中華にはマヨネーズをかけるって聞いたから、かけてみました!」
そもそも蕎麦はパスタとも冷やし中華とも麺が違うという大前提をガン無視でぶっ壊しているだろうと言いたくなるが、まだ説明は続く。
「それから、この前食べた台湾まぜそばがおいしかったから……刻んだネギやニラ、鰹節に刻みのりをかけてあります! ちなみに冷やし中華にマヨネーズとは名古屋つながり!」
曇りひとつない自信たっぷりの解説にひかりは感心するが、彼女以外は食材の持ち味が台無しにされてしまっていることにご愁傷さまというムードになっていた。
「ところで台湾まぜそばって何?」
生い立ちから現在に至るまであらゆる意味で特殊な環境下で生まれ育ったひかりは聞き馴染みのない食べ物の名前に反応して何なのかさくらに尋ねる。彼女はスマホで画像を検索してみせ、ひかりは目を輝かせてぜひとも食べてみたいという顔を見せていた。
「さて、説明はこの辺にして……伸びちゃうとおいしくないし、召し上がれ!」
アイリスが食べるように善意100%で促す。
「いただきまーす!」
不安そうに見つめるさくらと蓮を横目にひかりは麺を箸でつかみ、しっかりまぜて絡まったマヨネーズごと勢いよくすする。その直後、イナリの額にある石が光り出す。
振袖小町でも勝てない最大の敵はアイリスの料理みたいですが、戦うことは何とか免れそうです。




