第弐拾幕の陸
幸せを壊す悪は突然訪れる。
「……というわけです、私のアリバイはこれで証明されてますよね」
誇らしげに語るスキロスに、納得した小町部は彼を解放。しかし彼らのアジトは既に壊滅してプチッツァもさくらが倒したことを告げると、自分たちが全く歯が立たず、いとも簡単に吹き飛ばされてしまった彼女に勝ったことが信じられず呆然としていた。
イナリは鳥羽ひかりの生涯を彼女の視点から追体験していた。
良家同士でありながらも源氏と平家、会津と長州、そしてモンタギュー家とキャピュレット家のように激しく対立している両家の息子と娘が恋に落ち、ある日駆け落ちした。
その愛の結晶として誕生した彼女は、何不自由ない生活を捨ててまで両親が手にしたささやかながらも幸せでお金では買うことのできない愛にあふれた家庭ですくすくと育っていく……はずだった。
幸せに包まれた一家の時間は長くは続かなかった。母親が、娘が1歳になる記念に規模は小さいが旅行に行こうと提案。父親は賛成し、テーマパークで一日過ごし、記念撮影をする予定だった。
父親の運転でテーマパークに向かい、家族写真をスタッフに撮影してもらう。笑顔がまぶしい1枚の写真が出来上がった。
結果的にこの写真が、彼女にとって両親のことを知る最初で最後の物品となってしまった。
楽しい一日の締めくくりとして家路についていた時、鳥羽一家を襲う悲劇が幕を開けてしまった。
彼らの車の後方から激しいマフラーの音が聞こえてくる。それはどんどん大きくなっていき、隣の車線からその主である1台のエアロパーツを大量に装備してハイビームをギラギラさせたシャコタンが割り込んできた。助手席にはひかりと同じくらいの年の赤ん坊をチャイルドシートではなく自らの膝に乗せた母親と思わしき女が座っており、明らかにこちらをバカにしているとしか思えない表情とジェスチャーをガラス越しにしてきていた。
そう、当時はまだ厳罰化がされていなかった煽り運転の被害を受けたのだ。
相手が自分たちに何の因縁があるかは知らないが、最高の一日に水を差されるのはたまったものではない。運転に集中して帰ろうと無視を貫こうとしたが、しびれを切らした運転手の男が降りて父親を恫喝してきた。これには異様な空気を察したひかりが泣きだし、あまりの執拗さに降りて辞めてもらうよう説得したが、馬耳東風であった。だが運よくパトカーが通りかかり、悪質ドライバーはひかりの父の証言から車間距離保持義務違反で書類送検されることとなった。
執念深い相手からやっとのことで逃れられ、楽しい一日の最後にケチがついてしまったのは残念だったがこれからももっと楽しい日々が送れるのだからこれくらいはよくあることだろうと割り切り、翌日に控えた愛娘の誕生日に備えて夫婦はゆっくりと床に就いた。
深夜、二つの影が鳥羽家に近寄る。足を止めたと思いきや、そそくさと足早に去って行った。
それから数刻、あっという間に火が回り出した。ガスの異臭で目が覚めた近所からの通報で消防車が駆けつけた。家の中に消防隊員が入ってきたときには、ひかりの父は必死で脱出経路を探そうとし、母は彼女を守る姿勢を取っていた。
一家は救出されてすぐ病院に搬送され、懸命な治療の結果ひかりは奇跡的に一命を取り留めたが、両親は……。
ここまで見ただけでイナリは相当な衝撃を覚えたが、ここから更なる壮絶な過去を知ることとなる。
あおり運転、ダメ、絶対。




