第拾玖幕の拾壱
机上の空論から脱却せよ。
しかし雨脚が強くなった影響で階段はあまりにも脆く、ぬかるむ直前に足を離すことで動き続けて落下を回避していた。階段は上ってさくらの足が離れた途端にどんどん崩れていく。
「おい、落っこちたらどうすんだよ!? さくらに死なれでもしたら……お前たちが困るだろ!」
「大丈夫、見てて!」
ティーガーの疑問と心配に答えるかのように、かりんが風を起こす。落下防止と駆けあがるスピードを上げるのが主ではあるが、風圧で階段を支える目的もあった。しかしそれでも力不足は否めなかった。しかし、突然かりんに力がみなぎってくる。
「(え!? 突然力が……! あれは!)」
さくらが駆けあがっている先を見上げると、少し離れたところでラパンが両手を軽く広げて心地よさそうに歌を歌っていた。
「(今だけ力を貸すね。報歌高吟)」
階段だった土の階段は強度を増して雨にも負けず、さらには破片が風で浮かび、階段の先端につながっていき新たなステップを形成する。
だがそれでも、二人だけでは限界があった。そこに満身創痍だったイナリが力を振り絞って額の石を光らせる。
「考えたじゃねえか。でもよ、あいつはどこへでも逃げられるぜ? そうなっちまったらどうすんだよ? それこそ終わりじゃねえのか?」
「ううん、見てて」
ゴーダの心配をよそにかんなが空へ顔を向けると、どこへでも逃げられるはずのプチッツァは一切逃げる素振りなど見せず、清々しいほどの真っ向勝負を仕掛けてくるさくらを迎え撃つかのようにただ待ち構えていた。さくらは、彼女の赤、青、黄、緑の翼がうっすら消えかけていることに気づき勝機をつかむと同時にこのまま放置、あるいは失敗した場合の彼女の行く末を悟り最善策を練る。
「邪悪なるものよ、美麗に散華せよ! 快刀爛真!!」
土の階段が完全に崩れ落ちる直前に飛び上がり、追い風を受けて空を飛ぶ。そしてすれ違いざまに聖剣・紅と竜胆を持った両腕をクロスさせて6枚の翼すべてを切り落とす。切られたはずのプチッツァの体は、翼以外は無傷であった。しかし……。
出会った当初からプチッツァの背中に生えていた2枚を含む6枚の翼は切り落とされ、数秒後に霧散する。
「あれ……痛くなくなった」
イナリが苦しめられていた謎の頭痛もぴたりと収まる。いつもより力を使ってへとへとのアイリスとかりんは変身が解除され、その場で倒れこむ。ロンとゴーダが振袖小町の正体を知った瞬間でもあった。
さくらと翼を失ったプチッツァは重力に抗えず、落下していく。今彼女の瞳に映っている空は生前最後に見たきれいな空とは大きく違った雨が降りしきり雲で澱んだとても美しいとは言えないものであった。
「(あーあ、仮初の命なんて結局こんなものか……。天国にも地獄にも行けてないし、今度は写真でしか知らないお父さんとお母さんに会ってみたいな……)」
自分はあの時と同じように独りで寂しく地上へと落下していく、そう信じて疑わなかったその時であった。
「つかんで! 早く!」
大振りになってきた冷たい雨が降りしきるなか、心の中で桃香と百合との約束を破ってしまったことを詫びながら重力に抗うように変身が解除されたさくらが先に落下したプチッツァに向かって力強く右手を伸ばす。これまでずっと憎悪の対象としか見ておらず、自分の翼を斬った相手がなぜそのような行為に至っているのかなかなか理解できず戸惑っていた。
「私はもう戦いで苦しむ人を見たくないの! それはあなたも同じ! 戦いで流れる血を見るのは、私で最後にしたいの!!」
これこそが彼女がかつての悲しい別れとこれまでの戦いを通じて辿り着いた答えであった。しかし、このままでは落下速度がどんどん加速していき、二人仲良くあの世行きは時間の問題であった。落ちていく中で彼女の目の真剣さを奥から感じ、決断する。
さくらは優しい女の子。彼女の優しさはプチッツァ、いや、ひかりにも届くのか。




