第拾玖幕の玖
これで俺とあんたは縁ができた。
「錦織さん……だっけ。今の人、見てて気持ちがよかったわね。でも、恥ずかしい所見せちゃった……」
もう姿が見えなくなっていた彼らが走っていった方向を見続けていた桃香に百合が話しかける。
「……そうだね。これであんたとあの人に縁ができたら……なんてね」
決して生徒たちには見せない一人の女性としての顔が彼女から垣間見えたと感じ、心情を察した百合は錦織が約束通りバイクを返しに来た際、彼の連絡先を聞いておくと約束した。
どんどん雲行きが怪しくなり、薄っすらと煙の匂いが広がりつつある廃研究所前に、かんなが戻ってくる。相も変わらず振袖小町とオリエント・ゾディアックによる共同戦線は6枚の翼と、かつて江戸の町を悪の魔の手から救い、長い時が経った今でもその活躍がおとぎ話という形で語り継がれているかつての振袖小町が使うことができたとされる五行と呼ばれる自然科学の思想で掲げられる5つの元素にそれぞれ対応した力を操るプチッツァの圧倒的な力に対抗するための打開策を見いだせず、攻めあぐねていた。
「このままじゃ、勝てない……」
「お前たち振袖小町の実力はそんなものなのか!?」
あおいがついこぼした弱音に、ロンが叱咤する。生まれる前から一緒だった自らの半身ともいえる存在、そして生まれてからの大半の時間を一緒に過ごしてきた莫逆の友を伴わぬ戦いは、彼女への大きな試練となっていた。
「(私が、頑張らなきゃ……)」
その思いは虚しく空回りし、普段の冷静沈着さが嘘のように無謀な攻撃を仕掛け始める。第一に、水流を放っても狙いが全く定まらなかった。
「それで水の振袖小町を名乗るとか、笑っちゃう」
青い翼が光り、明後日の方向に飛んでいった水流よりも勢いのあるそれを対峙している全員に向けて放つ。だがその直後、青い翼が前よりも長い時間消えてプチッツァの体が空中で大きく傾く。その影響で彼女のポケットから一つの光を反射するものがこぼれ落ち、それをロンがキャッチする。
「これは……!」
思わぬものが手元に飛び込んできたロンに隙ができたのを見逃さず、直後に彼に向けて飛んできた羽根をあおいが烈槍・紺碧で弾き飛ばす。しかし、狙われていたロンは無事だったが流れ弾でアイリスやかりん、未だ原因不明の頭痛に苦しむイナリ、さらにはティーガーやキマにまで今回に限ってはフレンドリーファイアとなってしまう始末だった。
「こうなったら!」
しびれを切らしたあおいはプチッツァがいる方向に目を向けてから廃研究所の中に突入を決行し、まっすぐ走っていく。頭痛に苦しんでいるイナリを除くその場にいた全員がこの行動に唖然とする。
「やっぱり蓮くんと双子なだけあるね」
「大親友の影響も大きいよね」
「それな」
緊迫した戦いでは普通出ることはない不釣り合いな笑みがアイリス、かりん、そしてかんなからこぼれる。
廃研究所の中に入ったあおいは、異臭と息苦しさを感じる。日本の学校に通っていれば誰もが授業以外の部分で必ず習うものが人生で役に立つ時が来たと彼女は悟り、姿勢を低くして口を袖で覆いながら進み始めた。
「この状況……この匂い……もしかするとここはもう……」
負傷したエリーが中で寝ていることを聞いていたあおいは、一刻も早く彼女を探して脱出することに目標を変更した。
共に戦う仲間で、それ以前に親友になりつつあるあおいからは想像もできないような突飛な行動に、アイリス、かりん、かんなはこれまでの緊張感がほぐれたのもつかの間、彼女たちに向けてゴーダの怒鳴り声が響き渡り、張り詰めた空気が蘇る。
「おいお前たち! 何笑ってんだ! ここは戦場だ、一時の気の緩みが即命取りにつながるんだぞ!!!」
正論といえる彼の怒号は空からもしっかりと聞こえたようで、プチッツァもそれに同調する。
「そうそう、あんたたちこんな時でも仲良しごっこするつもり? ほんと、バカみたいにお友達のことが大好きなんだねー!!」
高笑いが響く中、ティーガーがそれとは違うものに反応する。
「この声は……!」
一瞬ニヤリと笑い、アイリスとかりんにアイコンタクトを取る。二人はそれに気づき、この状況が一転するまでそう時間はかからないことに気づく。
この一件で一番追い詰められてたのは間違いなくあおい。そうじゃなきゃ突飛なことしない。




