第拾玖幕の陸
「この紋所が目に入らぬか」と言われて物理的に入れようとするボケはもはや古典。
NEWキモノが大破しその役目を終えたという一報は、金丸ファウンデーションの研究施設にもリアルタイムで届いていた。開発責任者である本橋ひなたは、この結果に納得半分無念半分という複雑な気持ちを抱えていた。
すると、再び着信が入る。別の相手からだったが、少し迷ってから応対する。
「……はい、わかりました」
通話を切ると、彼女は後ろ髪を引かれながらひっそりと研究施設を後にした。
「ひかり、もうやめて! あなたはこんなことをするような子じゃない!」
かんなの悲痛な叫びが轟く。この言葉を耳にすべき相手はそれを聴こうとはせず、上空から羽根を降らし続けていた。
「うるさい! さっきちょっと話しただけのあんたに何がわかるっていうの!? 結局あんたもあの仲良しごっこの仲間なんでしょ!? だったらおとなしく馴れあってればいいの!!」
ここまで自分に肩入れしているかんなをただのストックホルム症候群で自分に酔ってお節介な行動に出ているだけだとしか思っていないプチッツァは、降らす羽根の数を増やす。一瞬だけ4枚の羽根が消えて空中でよろけるが、本人はそんなことには目もくれず攻撃を続ける。
「これはもしかすると……! ティーガー! ゴーダ! キマ! あの少女を守りながら攻撃するぞ!」
自らの命を顧みず必死に説得しようとするかんなの顔に見覚えがあったロンは、仲間たちにかんなの護衛に回るよう声をかける。普段であれば無視するであろうティーガーがすんなり指示に応じる反面、ゴーダとキマは敵である振袖小町の仲間である彼女を守ることに乗り気ではなかった。だが、彼女を欠くことは事態の悪化を招くと判断したティーガーによる説得でしぶしぶ応じた。
「ねえ、ちょっといい?」
かんなは周りを一通り見渡してから、キマに声をかけた。
「あたし? ……この子のことね」
廃屋では、これまで自分たちを無理やりスカウトした胡散臭い人物でしかなかったカルネロについてK2が衝撃の事実を語る。しかし、石神たちはそれに首をかしげていた。この発言にカルネロはいつになく目を見開く。
「毛利章広……?」
「なあ石神、聞いたことあるか?」
「あるわけないだろ」
またも芳しくないレスポンスのみが返ってくる。だが、彼らは揃って手持ちの振袖のカケラを取り出して見つめだす。
「おじさん、それ本当なの?」
おじさんと呼ばれてしまい内心いい気持ちはしていなかったが、かぐやからの質問にカルネロは答える。
「どこでそれを知ったかはわからないが……彼の言っていることは本当だ」
答えが出た直後、K2はカルネロに向けて跪く。
「毛利先生! お会いできて光栄です!! これまでにあなたが発表してきた研究論文はすべて読ませていただきました! 事故で亡くなったと耳にしたときは絶望しましたが、こうして生きてお会いすることができて僕は心からうれしく思います!! あなたのことは人生の師だと思っております!!」
周りがドン引きしているのもよそに、もはや崇拝とも言わんばかりの勢いで自らの尊敬の念を語るK2。
「それはありがたい。あと、ここでは私のことはカルネロと呼んでくれ。もちろん、君たちもだ」
「はい! カルネロ先生!!」
K2は忠誠を誓うかの如く大きな声で呼びかけるが、他の4人は横文字のコードネームで自分のことを呼ばせる行為に興ざめしていた。しかし心酔ともいえるレベルの崇拝をする彼の姿を見て思うところがあったのか、カルネロは小さく笑う。
「(彼の名字は京田……、それに私の存在どころか論文のことも知っている……。そうか、やっぱり彼は……)」
が、そこに疑問を投げかける者が現れる。
「ちょっと待てよ! そもそもそんな大発見をしたすごい学者だって言うんならノーベル賞とか、そうじゃなくてもなんか発見したりしてるはずだよな?」
石神が疑問を呈した瞬間、カルネロの表情が一瞬崩れる。
「お前! 先生になんてことを言うんだ!」
怒鳴りつけるK2をカルネロがたしなめ、石神は引き続き疑問をぶつけてくる。
「それなら俺たち高校生でも名前くらいは知っててもおかしくないのに、こいつ以外誰も名前を聞いたことすらないなんて……変じゃねえか?」
ネットで検索しても彼のことが書かれているページがまったく見つからず、フリー百科事典を探しても彼の項目も一切存在しないことをスマホの画面を出して見せる。それを根拠に北沢も同意する。
そこに、プチッツァの反乱に関する続報がボヴィーニから入ってきて話は中止となり、彼らの疑問は消化不良に終わった。
「軽跳浮拍!」
廃屋から外に出ていたチュイは振袖のカケラの反応を頼りに、町を駆け回っていた。
「いた! まずは片方! もう片方はどこかな~?」
雑踏の中で彼の目に映ったもの、それは……!
どこぞの号泣議員のごとく世間における知名度に対してWikipediaに項目を作ってはならない人物も世の中にいる。そういう人は大抵……そういうことです。




