第拾玖幕の参
話は幼稚園時代にさかのぼる。
「(しかし……あいつも成長したよなぁ。昔はいっつも意地悪な奴にからかわれて泣いてたのに……)」
さくらが病院を出ていき、それを追いかけていったのが窓から見えた蓮は、幼い日にあったさくらとの思い出深い出来事を振り返っていた。
彼らが小学校に入学する直前のこと。幼稚園のお別れ遠足で自然にあふれた大きな公園に行ったときだった。
池に生えた水草に産卵されていたカエルの卵を見つけ、さくらは観察しながら新しい命が産まれる瞬間に立ち会っていた。そこに、同じく遠足で来ていたと思われるよその幼稚園、あるいは保育園の一人の男児がやってきて池に手を突っ込み、水草から卵をはがして潰すというえげつない行為に出たのを目撃したのが発端だった。
「ちょっと! それはオタマジャクシになる卵だよ! 潰すなんてひどいじゃない!!」
怒りのあまり喧嘩腰で注意してしまったさくらに、男児は煽るような表情をして言葉を叩きつける。
「お前玉子食べたことないのかよ! あれは鶏が産んでるんだ、だからこれも潰したって問題ないんだよ!」
的外れな反論を展開して悪辣な表情を浮かべる男児。その憎たらしい面構えたるや、まさに悪ガキと呼んで差し支えなかった。成長した今となってはたやすく言い返すことができる屁理屈だったが、まだ幼いさくらは頭の中が混乱して泣き出してしまう。
子どもという生き物は時に残酷な一面を見せるものであるが、それを差し引いたとしても「いたずらっ子」の範疇で済まされ許される言動ではなく、年齢を考慮しても「わんぱく」や「やんちゃ」などといった言葉で片付けられる域を超えてしまっている。これ以上のカエルの卵に対する蹂躙を止めるべく泣きながら止めに入ろうとしたさくら、そして騒ぎに気付いたあおいも後ろからそっと近づいて止めようとしたが……!
「うるせえ! 死ね!」
あおいの気配に気づいた悪ガキは振り向いて彼女の体をつかみ、体を一回転させてから彼女から手を離して軽々と池に突き落としてしまった。
すぐに地上に上がりはしたが直後にあおいは泣き出し、さくらはそちらに駆け寄って慰める。そして相手に一喝する。
「あおいに謝って!」
怒りと悲しみの入り混じった叫びなど無視し、泣きっ面に蜂と言わんばかりに今度はさくらに近づいて彼女を池に突き落とす。
「バーカバーカ!」
さくらも地上に上がった途端泣いてしまい、二人の泣き声が共鳴して人だかりができる。さくらたちの幼稚園の先生が二人に駆け寄り、相手側の園の園児が先生を連れてきて悪ガキを止めようとしたが、そんなことはお構いなしに再び彼は池に目を向け、次の獲物が見つかり水面に邪悪な笑顔が映った、その時だった。
悪ガキは池に手を入れた無防備な状態を突かれ、様子を窺っていた蓮によって池に蹴り落とされた。
「何すんだよ!」
「お前と同じこと。女の子をいじめて楽しいのか?」
蓮はさくらとあおいを守れなかったことに悔しさを感じながらも感情を押し殺して二人のもとに駆け寄り、悪ガキは池で溺れながらその光景を睨みつけていた。この事件の最大の被害者といえるカエルたちは、知ってか知らずか溺れる彼の周りにまとわりついて地上に上がろうとするのを妨害していた。目撃者となったギャラリーの中には、蓮と同じ幼稚園の園児はおろか、相手側の園の生徒からも名前も知らない彼への称賛の声が一人や二人ではない人数から上がっていた。
その後どう手打ちをしたかは子どもだったため詳しくはわからないが、友達を助けるため、そしてやられたことをやり返したとはいえ池に突き落とすという危険行為に及ぶのはやりすぎであるという理由で両園の引率者の手でその場で喧嘩両成敗にされ、形式上だけの和解がなされたことまでは覚えていた。それ以降その相手とは一度も会ったことがなく、名前はもちろんどこに住んでいるかなども一切知らないとはいえ、これっきりの悪縁でよかったと思えた事件だった。
本来ならば無関係の蓮が自ら泥をかぶる形になってしまった一件だったが、このことに一切後悔はしていなかった。
控えめに言って顔面をぶん殴りたいレベルのクソガキを錬成しました。




