第拾捌幕の玖
生きている限り経験しない体験談が語られる。
ティーガーもあおいに「自分が何者なのか、三嶋大河とは関係があるのかを話す」という条件を果たしていた。
「お前が思っていた通り、確かに俺はあの時さくらを庇って轢き逃げに遭って死んだ三嶋大河だ。お前たちも俺の葬式に来ていたことは覚えている」
遠い目をするティーガー。そこにあおいが質問する。あれだけ衝撃的なことだったから、記憶は鮮烈だった。
「あの時は確かちゃんと出棺したんじゃ……」
鼻で笑いながらティーガーはその時の真実を語る。
「斎場から出棺して、火葬場で霊柩車から俺の体が入った棺が降ろされ、火葬される直前のことだった。当たり前だが俺は何もできずにただ焼かれて灰になる、そのはずだったところに、作業が突然止まったんだ」
誰がそんなことをしたのかあおいは尋ねたが、さすがにそこまではわからないと返されてしまった。
「それからすぐに、俺の死体に普通とは違う振袖のカケラを置いた人物がいた」
ティーガーは自らの身に起きたことを、まるで第三者に起きたことのように不思議そうに回想を続ける。
「振袖のカケラが体に溶け込んでいくと、なぜだか俺の体がまた動くようになったと感じ、試しに指先を少し動かしてみると、生きてるときと同じように動いた。意識もはっきりとあった。ただひとつ、心臓が動いていないと感じることを除いて」
自分の推理が当たっていたことにこれまでの疑問点がすべて氷解したが、なぜオリエント・ゾディアックに身を投じているのかを質問する。
奇しくも、ティーガーによる独白と同じ頃にはプチッツァによる自らの過去の告白が始まっていた。
「まずこの写真、見て」
そういって棚の上に飾ってある写真立てを手に取り、フリージアの施設前で撮影されたエリーを囲んでいる彼女たちの写真を見せる。
「この真ん中にいるの、エリーだ……。言ってたことは本当だったんだ」
「両親が死んじゃった同士、えり姉にはたくさん世話になった。いつも優しくて、お姉ちゃんがいたらこんな感じなんだろうなって思ってた」
共にフリージアで育ち、エリーとは旧知の間柄の人物……ここでかんなは、ある程度真実を察する。
「もしかして、あの事故で死んだのって……」
「ああ、事故のこと知ってるんだ。それで死んだのボク」
あっけらかんと、しかしどこか寂し気に答えるプチッツァ。
「しかもそれ、事故じゃなくて人為的なものだったんだよね」
その顔は、具体的な理由こそうまく言えないが嘘を言っていないことを証明していると感じ取ることができるものであった。それから彼女は、自分が一度死に至り、復活するまでの詳細を語り始めた。
「えり姉の隣にいる子、その子は上野輝夜姫って言って、あたしの親友。……と言っても、今は元が付くけど」
「輝夜姫」という常識的に考えて人間には付けない所謂DQNネームに、思わずかんなは笑ってしまいそうになる。プチッツァはそこに反応する。
「わかるとは思うけど本名で呼ばれるのはすごく嫌がってたからみんなあの子のことはかぐやって呼んでた」
酷似した「上野かぐや」という名前はどこかで見聞きしたことがあると感じる。しかしそれがどこかはすぐに思い出せず、それを頭の片隅に置きながらかんなは話に耳を傾ける。
「あたしとは理由は違えど、同じ日にフリージアに来たって先生たちから言われてて、姉妹同然に育って大の仲良しだった」
かぐやとの楽しかった日々を振り返るプチッツァ。しかし、彼女があるアイドルグループのメンバーにスカウトされたことを機にその関係に溝ができ始めた。
「フリージアを卒業したのはいいけど、芸能界はどうにもいろいろとしがらみとか大人の事情とかがあるみたいで、連絡を重ねるにつれて愚痴がどんどん増えて、言葉も荒くなっていった」
寂しさを感じさせる目をしながら赤裸々に過去を語っていくプチッツァに、かんなは固唾をのんでいた。
「そして……半年前」
運命の時が、やってきた。
「あの子がいたアイドルグループのメンバーの一人だけが、ある一件を機にネットで注目されたことで人気を得て有名になった。けど、それがグループそのものや他のメンバーの人気にはつながらなかった」
この言葉を聞き、かんなは以前フリージアに向かう車内でかりんがそのアイドルグループの曲を聞いていたことを思い出す。ある一件で注目を浴びて人気になったメンバーの正体にはうすうす勘づくも、それが誰かは口にせず耳を傾け続ける。
「あの子が言ってたけど、今の時代はアイドル業界にとっては戦国時代で、アイドルグループなんて腐るほどいるんだって。グループそのものやそのメンバーが何かの拍子でスターダムにのし上がれることもあれば、本当に些細なことで転落することだってあるらしいよ。それを聞いてあたしは思ったけど、アイドルじゃなくても、どんな世界だってそうなんじゃないかな」
アイロニックな語り口で世の摂理を語る。その口ぶりから感じられたのは、皮肉だけではないことをかんなは感じ取っていた。
「残念なことにグループは解散、あの子は事務所が借りて住んでいたアパートも追い出されて、フリージアに帰ってきた。あたしは迎えに行って、悔しさとか、悲しさとか、あの子のありったけの気持ちをあんたと出会った屋上で聴いた。もっとも、それ以外にあたしにできることは何もなかった。けど……」
ここから、誰もが耳を疑う修羅場の回想が始まった。
DQNネームって実際に人名として付けない限りは考えるの結構楽しかったりする。




