第拾漆幕の拾伍
壮絶な過去はつきもの。
彼の背から流れる血を目にした途端、さくらの脳裏ではこれまでずっと忘れていたある光景が蘇る。
それは彼女が中学生の時だった。彼女は席替えである男子生徒と席が隣同士になる。彼との最初の会話は忘れ物があったから借りたいというごくごく普通の事務的なものだったのが、何かと波長が合っており、具体的にどこが合っていたのかはわからなかったがだんだんと意気投合していき、少しずつ距離が近づいていった。
そしてある日、人生で初めての告白を受ける。数日間悩みに悩み、あおいや蓮にも相談して出した答えは、それを受け入れることだった。
その直後であった。いつもとは違う二人での下校でのことだった。初々しくぎこちない照れが残る中で互いの指を絡めて手をつないだ二人は、この帰り道が永遠に続けばいいのにとすら思っていた矢先でのことだった。
遠くから激しいクラッシュ音が聞こえ、それが近づいてくる。その震源地は、飲酒運転で車道を蛇行して暴走している一台の乗用車であった。
歩き慣れた通学路の先にある歩行者用信号は青だったがこれ以上進むのは危ない、そう思って足を止めようとしたその時、暴走車は歩道に乗り上げてしまう。
「危ない!!」
つながれていたさくらの手がほどかれ、しりもちをつく。次の瞬間目に入ったのは何事もなかったかのように走り去っていく暴走車と、さっきまで一緒にいたはずの彼が血を流して倒れている姿であった。
こっそり尾行していたあおいと蓮もあまりの事態に愕然とするもすぐ我に返り、警察と救急車を呼ぶ。苦しむ彼とともにさくらは救急車に乗り、命に別条がないことを祈りながら手を握るが……。
心電図の波形がなくなり、長く機械的な音が発せられ、モニターには「0」という数字が無情にも映し出される。さくらは冷たくなっていく彼の手を離すことができないまま、大粒の涙をとめどなく流した。
「(そうだ……全部思い出した……あのとき……)」
体が震える。瞳孔が開く。心臓が激しく脈打つ。脳裏に浮かんだ出来事が彼女の全てを包み込んだその瞬間であった。
「やった……! これで邪魔者が一人減った……!!」
想定とは違っていたが目標を果たし、感無量の中電撃の爪がしまわれ、爪についた血がグラウンドに滴り落ちる。
無慈悲な言葉が耳に入る。その声の主は、自分を庇って飲酒運転の犠牲になった彼と瓜二つであった。
「これで俺を拒む理由はなくなっただろう? さあ、また俺と一緒に……」
先ほどの鬼気迫る表情が別人のように和やかに右手をさくらに差し伸べるティーガー。だが、重傷を負った蓮を抱いて離さないさくらは……。
「いっ、いや……!」
恐怖に怯える表情でさくらはティーガーが差し出した手を拒む。これまでで最大の拒絶をされ、彼の表情は凍り付くかのように青ざめていく。その場の空気は冷えるどころか、むしろ熱を帯びてきていた。
「いやああああああああああああああああああああああああーっ!!」
とめどない涙と悲鳴とともに、さくらと蓮の周囲を真っ赤に燃え上がる炎が包む。延焼しては大惨事につながるとあおいが力を振り絞って水を放つが、今の彼女では水鉄砲ほどの量と勢いのものを出すのがやっとであった。
イヤボーンの法則は古典的ながら映える。大惨事になってますが大きな分岐点を迎えました。




