第拾漆幕の捌
過去が少しずつ明かされていく。
都内の郊外に高砂が設立した児童養護施設「フリージア」には、因幡卯月御一行様の歓迎看板が大きく飾られ、その横にひっそりと小町部の歓迎看板がありこれには一同苦笑せざるを得なかった。
しかしそれ以上に、事実上の故郷であるエリーや何度も来たことがあるかんなは、大きな代わり映えはないが今のフリージアにはどこか違和感を覚えていた。特にエリーは、施設の本館で工事がされていると聞いていたにもかかわらずそれらしき形跡がないことを疑問に感じていた。
到着して応接室に通され、施設長である烏山が挨拶に出てくる。彼はエリーが在籍時の施設長ではなく先日赴任してきたばかりで、彼女とはこれが初対面だという。
「これはこれは遠方からようこそいらっしゃいました。今は因幡卯月さんがいらっしゃっているのでくれぐれも失礼のないように」
烏山はそれだけ言って応接室を出ていく。小町部、とりわけさくらはこの感じの悪い初対面にスーパーマーケット「リーフ」の豊穣町地域を統括するエリアマネージャーの練馬を思い出して苛立ちを反芻してしまっていた。
応接室を出ると、小学校低学年ほどの一人の少年がエリーを見かけた途端彼女のもとに走ってくる。
「えりかお姉ちゃん! 会いたかったよ!」
「次郎くん! 大きくなったね!」
次郎くんと呼ばれた少年はエリーに抱き着く。それを見た蓮はこの年代ならではの特権を行使している彼にうっすらと嫉妬心を覚えていた。
「かんなお姉ちゃんもいる! ……お姉ちゃんたち、誰?」
エリーとかんなのことは知っていたが、さくらたちとは初対面の少年は首をかしげる。
「この人たちはかんなお姉さんのお友達と学校の先生で、かんなお姉さんと同じ部活なの。で、今日みんなに劇やサッカー教室をやってくれて、お勉強も教えてくれるの。ほら、ご挨拶して」
メイドとしてではなく、フリージアで育った者としてエリーの対応に新鮮さを覚える小町部。少年の名は夏目次郎、9歳。エリーがフリージアを退所する少し前くらいに来た少年で、フリージアでの生活に慣れるまでは彼女にべったりだったそうだ。小町部は次郎に自己紹介をして、打ち解けあう。
「ねえ、今因幡卯月ちゃんが来てるけど、行かないの?」
かりんが次郎に尋ねると、寂しそうな顔をしてつぶやく。
「……もうワイルド師岡に会えないのが寂しいんだ。なんで死んじゃったんだよ……」
次郎は目に涙を薄っすら浮かべる。彼はエリーがフリージアを去って毎日淋しい思いをしていたところにワイルド師岡が訪問に来て、その際に握手やサインをしてもらったことがきっかけで彼の大ファンとなったのである。その後東京マロニエドームで行われた試合にも招待してもらったのだが、その試合で対戦相手から受けた技がもとでリング禍が起こり、帰らぬ人となってしまったのである。
「大丈夫! 今日はお姉ちゃんたちがワイルド師岡の分まで楽しい日にするから!」
さくらが次郎の肩を叩き、元気づける。
「それに、次郎くんがめそめそしてたら、ワイルド師岡に笑われちゃうぞ?」
「そうだね! 気合と根性、忘れちゃいけないよね!」
小町部にとって悪い意味で聞き覚えのあるフレーズが思わぬところから飛び出てきて戦慄する。蓮は思わず問いかける。
「なあ、その気合と根性ってどこで聞いたんだ?」
次郎はみんなの表情がこわばっていることが不思議そうに答える。
「ワイルド師岡がいつも言ってたよ? フリージアに来た時も、試合の時も! だからここにいるみんなは気合と根性知ってる!」
ワイルド師岡とハンジールにどんな関係があるのか、それが気にかかっていたころ、卯月がライブをやっていた体育館から悲鳴が聞こえる。
だんだんと名探偵的体質になる小町部、平穏な日々は当たり前じゃない。




