↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/30

レリのコミュニティ『本に訊いて』

待っていなさい。

百年後の今日。



レリは、その言葉をもう一度、心の中で繰り返した。


そして、こんな強烈な文章を書く人物を

自分はもうひとり知っているなと感じた。



「祖母はこれを書いて間も無く、亡くなったのですが」


代表者は続けた


「百年後の今日のために

『祖母が何か企てている』気がしていました」


レリたちはその不思議な言葉のあとを追った。


「そしたらあなたがいらっしゃった」


代表者がそう言うと


シャナとルミナは顔を見合わせ

レリを見た。


レリは代表者に言った。

「今日に間に合って良かったです」


*****


アトリエであり、ギャラリーであり

談話室でもあるその建物は

とても落ち着く場所で

代表者云く

なにをしても

なにもしなくても良いのだという。


レリは、コミュニティのことを話した。


そこで特殊な能力を活かしたくて相談に来る者

レリにも掴みきれない能力を秘めていそうな者

或いはまだ開花しきれていない能力を

どう使うか以前に

自己肯定さえもおぼつかない者


コミュニティは本来の目的である彼らの自立に

直接的に繋げて行く前に

彼らのメンタリティサポートに明け暮れ

新陳代謝も出来ず

相談者は後を絶たないのに

足踏みしている状態だと告げた。


「そのための場所と時間を

ここで作れたらと思います」


代表者が言った。


「こちらも

そう言う方々にこそ来ていただきたいんです。

ただ場所を開けて待っているだけでは

入りにくい方もいらっしゃるでしょうから」


ルミナが、膝の上の手を動かした。

記録を取りたくて端末を取り出そうと

遠慮がちに身体を動かす。


代表者が

テーブルの脇から手前にこんもりとした箱を置き直し

中からひとつまみの紙を取り出し

ルミナに差し出した。


「どうぞ。紙に書くのがお嫌いでなければ」


「あ、ありがとうございます」


「私にもいただけますか?」

シャナが言った。


レリも受け取った。


「美しい紙ですね」


代表者は、古材の寄せ木の広いテーブルの真ん中に

和紙をひとつかみとペン立てを置いた。


「本来は釜の下に敷くものですが

そんな使い方をすることも、もうないので

カードとして使っています」


三人はペン立てのペンを手元にもらった。


「ブラシマーカー?」


「消えないものを書くのもいいものですよ。

文字でも模様でもお好きなように」


「これってもう

ワークショップに突入してません?」

レリが言った。


代表者は笑顔で言った。

「ドアを開けられたところからです」


そして

「今日は時間制限はありませんのでご心配なく」

と付け加えた。


四人でくすくす笑った。



*****



「祖母が昔やっていたのは

女性アーティスト限定や

アウトサイダーアートのワークショップです」

代表者は言った。


「百年前は、今とは『括り』が違ったんでしょうね」

レリが言った。


「想像でしかありませんが」

代表者は続けた。

「200年前よりは言葉に出来たようですね」


代表者の祖母が残した理念の言霊が

この人にも宿っているなと、レリは感じた。


「まずは、来ていただいて

お話をしたり、お茶を飲んだり

言葉を書いたり、模様を描いたり

ここで本を読んだりして

自由に過ごしていただくことを

最初のワークショップにしましょう」


カフェブースには

代表者の祖母の作品や

祖母の友人たちの作品が掲げられ

それより下にはレコードラックと本棚が並んでいる。



「古いレコードに針を落としてもいいですし」

レリたちの身長ほどもあるスピーカーも並んでいる。


「ここにある本でよければ

ビブリオマンシーに使われてもいいですよ」


それを聞いてシャナの顔が

パッと明るくなる。


レリはシャナの気持ちを察して

「それはぜひメニューに加えたいですね」


代表者は笑顔で答えた。

「そこまでの全部、メニューに加えましょうね」


ルミナは目を輝かせながら

「本で占えるなんて素敵!」

和紙にメモをとった。





表現する時間。

作ったものを眺める時間。


希望する人には

その作品を霊視したり、占ったりする時間も。



シャナとルミナは占いに限らず

参加する人たちのそばで

手伝ったり、一緒に試したり

サポーター、リーダーのような役割を

毎回することになる。


「ふたりで相談しながら、お願い出来る?」

レリが言うと

ルミナは満面の笑顔で大きく頷いた。


シャナは視線を宙に浮かべ

「最初の実験台候補、三人ほど浮かんでます」


レリは吹き出し

ルミナは

自分も心当たりあるという顔をした。




「一度、やってみませんか」


代表者が言った。


「次回、お約束入れさせていただいても?」

レリが尋ねた。


「いえ、今から」

代表者は答えた。


三人は思いがけない代表者の言葉に

答える暇もなく何度も頷いた。


「最初の実験台、私たちですね」

レリが言うと

シャナもルミナも

そして代表者も

声を立てて笑った。





「では、今日は四人とも参加者です」


代表者は、自分の前にも和紙を一枚置いた。


「好きなものを描いてみましょうか」



何を描くか考えてからでもいいし

考えずに描いていってもいい。


そう言われて三人は気が楽になった。



が、

紙は白かった。


しばらく、白いままだった。


「……好きなものって言われると」


レリが呟いた。


「好きなもの、多すぎますか?」

代表者が訊いた。


「描けるものが少なすぎます」


ルミナが笑った。


笑ってから、自分のカードを見た。


「私もです」


シャナは、一本線を引いた。


「もう決まったの?」


「とりあえず引いてみた」


「それでも、ひとつ先に行ってる」



レリは白紙を見つめた。


『私は完璧だ。描けるものなら描いてみなさい』

白い紙はそう言っている。


レリは、とりあえず線を引いた。


引いてしまえば

『もう、どうにでもしてください』

そう言っているのが聞こえた。



*****


最初は恐る恐る描き始めた三人は

結局ブラシマーカーが一本ずつでは足りなくなり

代表者が小引き出しごと抱えてきて

テーブルの中央に置いた。



ルミナは小さな形をいくつも描き連ね

シャナは、色のグラデーションで描き進め

ふたりはいつの間にか無心に描いている。


これはコミュニティのみんなに必要なことだと

レリは感じた。


そして、ふと、代表者のカードを盗み見ると


迷いのない曲線をどんどん描き繋いでいた。


誰かと話してるかのように

時々ほんの微かに口が動いているが

口は読めない。

イヤホンマイクを着けているわけでもない。




*****



テーブルの中央に、四枚が並んだ。


元は同じ白い和紙が


1時間後にずいぶん違った。



シャナの絵には、余白が多く


ルミナは、隙間なく描き尽くしている。


レリは描いた線に点描や影を添えていた。


*****


シャナが、カードを読んでいくことになった。


ルミナのカードを真っ先に読んで

悪戯っぽく笑った。

「私が読むより、本に訊くといいかも」


「なにそれ、やだあ、読んでよ!」

ルミナはシャナの腕を掴んで

ふくれっ面だが笑っている。


「じゃあ、もう、次でいいよ、私のは?」

レリも笑いながらカードを差し出す。


シャナの目線が、カードとレリ

カードと代表者とレリの間を行ったり来たりする。


そして真面目な顔で

「今日がとても素晴らしい始まりになります」

そう言った。


四人とも満足げな笑顔になったが

ルミナが

「私にもひとこと言ってよー」と

シャナにせがむ。


シャナはカードだけを読んでいるわけではなく

ルミナの未来が読めそうになるのを抑え

「じゃあひとことだけね」

と、ルミナのカードを触ってみる。


「本に訊けって、カードが言ってる」

とだけ言った。


「あら、うちにある本が責任重大ね」

代表者が笑った。


「本が恨みを買うといけないので

端末でやっても良いんじゃない?」

レリが笑いながら言った。


「いえ、わかりました!これで」

ルミナは目を輝かせながら

一冊の分厚い本の背表紙を指差し

代表者に尋ねた。

「これ開いてみていいですか?」


「どうぞ。良いことが書いてあると良いけど」

代表者は言い添えた。


「これなら、すごく高尚な言葉に

行き当たりそうな気がするので」と

ルミナが言った。


みんな笑った。


指差した本は

『茶席の禅語』



ルミナが本を開き、ゆびさした先の言葉は

『水辺青楓』(すいへんせいふう)


「その楓は、日本のカエデではなく

万作(マンサク)

『まず、咲く』が謂れですね」

代表者がうまく言い添えてくれた。


「おおーっ」

レリとシャナが囃し立てる。


「その斜め下で、てのひらの真下になってるのも

補助的に読んでみて」

とシャナが言った。


「水流雲在、雨倒風来」

ルミナは胸を張って読み上げた。


「ありのままでいいけれど

雨さかしまに風来る」


代表者が注釈を入れた。


「予測不能なことが起きるかも」



そう言われて

ルミナは少し顔をこわばらせた。


「あなた自身は大丈夫です」とも

代表者が言ってくれたのを聞くと

ルミナはホッとした笑顔になった。


レリは、ふと

エラ婆からもらった古書の一冊を思い

『易経』のようだと思った。



「では、シャナ、自分の絵を読んでみて」

レリが言った。


シャナは一拍置いて


「レリさんが読んでください」

そう言うとレリの言葉を待った。


シャナのカードを手に取って

レリはくるくると回す。


しばらく見ていて口を開いた。


「心配し過ぎ」


それを聞いてシャナは苦笑いし

ルミナは肩を揺らして笑った。



代表者の絵はシャナが読んだ。


描かれたどの曲線も途中で止まることなく

線の終わりに空気中に昇っている。


ゆっくり、回しながら眺め


「描いている時、どなたかのことを?」


そこまで言って、言葉を止めた。



代表者は頷いた。


「今日は、どうしても」



代表者の祖母のことだろうと

レリは思った。



シャナは、また絵を見た。


その目が、少し動きかけたが

カードに戻った。


「私たちのことをとても思っていてくださる」


シャナは目を上げて


「ここから先は、あとでもいいですか」

そう言った。


代表者は頷いた。


「ええ。今日は、ここまでにしましょう」





「お茶を淹れ直しましょうか」


代表者は立ち上がった。


「私、運びます」


ルミナも立った。


お茶を手伝いながら、楽しそうにルミナは

代表者に話しかけて

代表者も優しく受け答えしていた。



*****



あとは時間の許す限り

皆それぞれに本をひらいたり閉じたりして

吹き出したり、考え込んだりして過ごした。



ルミナがずいぶん真剣に続けている。

また本を開き

指で示したところを読んだ。


「『十分に冷ましてから』」


「なにそれ?」

シャナが笑う。


代表者が、本の表紙を見た。


「お菓子作りの本でも、的中?」


代表者がルミナにやさしい。


「好きなので」


「何を訊いたの?」


シャナが訊くと

ルミナは口の前に人差し指を立てて

「ナイショ」と笑った。



同じ本を、今度はシャナが開いた。


「私は、『しっかり混ぜる』」


今度は、レリが吹き出した。


「ふたりでお菓子作りのワークショップすれば」



代表者も笑った。


「来てくださる方が喜ばれるなら、なんでも」



シャナとルミナは、本を見せ合った。


占っているはずが

レシピ選びになっている。



*****



「祖母に見せたかったです」


レリが顔を上げると


代表者は笑いながら

「百年後に、始まりましたよって」

そう続けた。


「きっと見てらっしゃるでしょう」

レリも笑った。



*****



やってみると

コミュニティの皆にとっても

きっと、楽しく癒されるものになるはずだと

三人とも実感出来た。


ルミナとシャナは

描いたカードやメモなどを

ふたりで見ていた。


「それ、私にもあとで見せて」


「うん。一緒に足して」


*****


アトリエを出てから

少し歩いたところで

ルミナがふいに立ち止まり

口を開いた。


「彼女、見えてますよね?」


シャナの足が、わずかに遅れた。


レリはルミナを振り返った。


ルミナにさえも感じさせる

いや、ルミナの洞察力が

感じ取らずに置かないものが

代表者からこぼれ落ちていた。


レリはルミナの顔を覗き込んで言った。


「何か感じたならそれでいい。

でも、私たちがコミュニティから来ていると知ってて

ひとこともご自分のことには触れないのだから

それを表に出す必要のない人なのよ。

隠したい人もいる。

あの方が何か仰るまでは

黙っているようにね」


ルミナは、口を閉じた。


「……はい」


気づいたことを

レリに伝えたかった。


少しはしゃいだ気持ちで。


自分も、あの場にいて

感じ取れたと。



シャナは

ルミナが何を期待して話しかけたのか

分かっていたけれど

黙っていた。


何か言えば

かえってルミナを傷付けそうな気がした。



ルミナはメモを握りしめていた。


諭された惨めさが、瞬時に広がりかけたが


すぐに、もっと学ばねばと


気持ちを立て直そうとした。


レリの側なら


自分がより良くなれるような気がした。




シャナは歩く速さを緩め

隣に並んで歩き


少し間を置いてから

ハロウィンのお菓子のレシピを

出し合おうと話した。



ふたりは

歩きながらレシピのアイデアを

端末に記録した。


アイデアはすぐにカタチに出来るだろう。


ルミナもシャナも


レシピと一緒に


今の気持ちまでも


記録に残ってしまうような気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。