レリと伊月『会った方が早い』
伊月から最初に届いたのは
短い試合映像だった。
添えられた説明は、短くなかった。
レリは映像を見る前に
説明を最後まで読もうとして
途中で、映像を見ることにした。
見てから、もう一度説明を読んだ。
それでも分からないところがあったので
伊月に連絡した。
「ここ、誰を見ればいいの?」
「最初は、ボールを持っている選手を」
「見た」
「次に、その右の選手を」
「見た」
「そのあと、奥にいる選手を」
「三回、見た」
「どうでした?」
「ボールを持ってる人を
三回見ちゃった」
通信の向こうで、伊月が笑った。
「では、少し戻しましょう」
*****
伊月の説明は、丁寧だった。
ただ、丁寧に説明されると
分からないところも、丁寧に増えた。
レリが気になるところと
伊月が気になるところは
同じ映像の、少し違う場所にあった。
「この人、もう動いてるでしょう」
「その前に、味方から合図が出ています」
「合図は見た。でも、合図の意味が分かる前に
動いてるように見えるの」
「意味が分かる前に?」
「うん。合図を待ってた動きとも
ちょっと違う気がする」
伊月は黙った。
レリも、映像を見た。
二人とも喋らなくなったので
通信が切れたのかと思った。
「いる?」
「います」
「考えてた?」
「ええ」
「私も」
また、しばらく黙った。
*****
次に会った時
伊月は、練習中の記録も持ってきた。
試合の映像と並べて見ると
同じ選手の動きが、少しずつ違っていた。
出来なかったことが、出来るようになる。
それ自体は、珍しいことではない。
けれど、その変化は
同じ順番では起きていなかった。
昨日は先に動けた選手が
今日は、味方の動きを待っている。
昨日は待っていた選手が
今日は、誰よりも早く動き出す。
「AIコーチの指示は、ここで変わったの?」
「大きくは変えていません。
現場で、僕が伝え方を変えたところはあります」
「どう変えたの?」
伊月は、その時のやり取りを説明した。
レリは聞きながら
何度か、同じところを見直した。
「あなたとAIコーチの指示が合わさることで
育ってるのかもしれない」
「何がですか」
「先に分かること」
伊月は、すぐには答えなかった。
否定も、肯定もしなかった。
「そう見えますか」
「今のところは。
もともと出来た人を見つけたんじゃなくて
一緒にやっているうちに
出来るようになった人もいるんじゃないかな」
「練習の成果と、どう区別します?」
「そこが分からないのよ」
レリは、少し嬉しそうに言った。
伊月は、その顔を見てから
もう一度、映像に目を戻した。
*****
調査では、一人の選手だけを見ているわけには
いかなくなってきた。
その選手の調子がよかった日。
ほかの選手の調子がよかった日。
誰かが先に動いたことで
誰かが動かなくて済んだ場面。
結果には残りにくいことを拾うには
試合の前後の話も聞く必要があった。
「一人限定って、簡単に言っちゃったなあ」
レリが呟いた。
伊月は、書きかけの報告書を見た。
「出発点としては、よかったんじゃないですか」
「今、出発したところへ戻りかけてるけど」
「持っているものは増えています」
「仕事もね」
「それは、増えていますね」
そこは、慰めてくれなかった。
能力のある選手。
そう書くたびに
レリの手が止まるようになった。
ある時には、確かにある。
けれど、いつでも
同じ形で取り出せるものではない。
必要な場所で、育つ。
育ったと思ったら
次の試合では、影も見えない。
枝葉や羽のように
生えては落ちるものなのかもしれなかった。
それどころか
昨日まで何も見えていなかった選手に
ふいに現れることもある。
それを、現れたと言ってよいのかさえ
まだ分からない。
「胞子みたいね」
レリが言った。
「何がですか」
「予知能力。誰かに留まっているようで
別の人のところにも飛んでいく」
「感染するという意味ですか」
「そこまでは言ってない。
ウイルスみたい、とも思ったけど
それを書くと、急に困る人が増えそう」
「先に調査が必要になりますね」
「今、してるのに」
二人で笑った。
伊月は、記録の中の一文を指した。
「では、これはどう書きましょうか」
『予知能力により、パスの成功率が上がった』
レリは、首を傾けた。
「上がったのは分かるけど
そのせいかどうかは、まだ分からない」
「そうですね」
その一文は、書き直した。
分かったことは増えているのに
言い切れることは、少し減った。
報告書は、その方がよくなった。
*****
二人で作業すると
書くところと、確かめるところが
自然に分かれていった。
伊月が映像を探している間に
レリが話をまとめる。
レリが言葉に詰まると
伊月が、別の試合の例を出す。
その例を聞いて
レリが、さっき書いたことを消す。
「今の、消しちゃうんですか」
「うん。もっといい書き方がある」
「せっかく書いたのに」
「せっかく見つけたからよ」
伊月は頷いた。
消したところを
二人でもう一度書いた。
通信でも、それは出来た。
ただ、会っている時の方が
途中で止まりやすかった。
相手が考え始めたことが
顔を見ていれば分かる。
まだ言葉になっていないことを
急いで説明しなくてもよかった。
レリは、伊月が黙っている間に
自分の考えを進められた。
伊月も、そうしているらしかった。
沈黙のたびに
「いる?」と訊かなくて済んだ。
*****
ある日、作業が一段落したところで
伊月が言った。
「次の記録は、まとめて送ります」
「次、いつ来るの?」
レリは、ほとんど同時に訊いていた。
伊月が顔を上げた。
「来てもいいんですか」
「会った方が早いでしょう」
「ええ」
「説明が長いから」
「なるべく短くします」
「短くしなくていいの。
長いまま、ここで話して」
伊月は、少し笑った。
「分かりました」
次に会う日を決めてから
レリは予定表を閉じた。
その日は、試合のある日ではなかった。
二人とも
それについては何も言わなかった。




