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レリと伊月『ちょうどよかったかもしれません』

「見えているなら

そこにいてもらえばいいでしょう」


「相手もそう思って、そこを避けたら?」


「避けることも見えるんじゃないの」


「それを見られていると、相手も知っていたら?」


ミケラ婆は、順に発言者を見た。


「まだ誰もボールに触ってないわね」


レリは、手元の資料から顔を上げた。


ミケラ婆が主催する

メンタルマネージメントのミーティングは

今日も、なかなか終わりそうになかった。


車椅子バスケットボールの試合に

予知能力のある選手を出場させることは

違反に値するのか。


そもそも、何に対する違反なのか。


反応が速い選手がいる。

相手の癖を読むのがうまい選手がいる。

味方が動く前から、動き出せる選手もいる。


その先のことが少し見える選手は

どこから別扱いになるのか。


「本人が、予知しているつもりじゃなかったら?」


レリが訊いた。


「そこも含めて、調べる必要があるでしょうね」


「調べている間に、本人が気づいたら?」


「気づいたことで、変化する可能性もある」


「じゃあ、気づかない方がいいの?」


ミケラ婆が、レリを見た。


「今はまだ、そこまで決めなくていいわ」


「決めること、増える一方ね」


「だから集まってるのよ」


もっともだった。


*****


「ひとまず、一人にしてみたらどうかしら」


レリは言った。


「プレーするメンバーのうち、二人以上はなし。

一人だけなら、ほかの選手との連携の中で

動けるんじゃないかな」


「二人では、連携できない?」


「できないとは言ってないけど。

先に分かる人同士で話が進んだら

ほかの人が置いていかれることもありそうでしょう」


「一人なら、置いていかれない?」


「そこを見たいの」


レリは、資料の端に丸を描いた。


その周りに、いくつか丸を足した。


「その人が何をしたかだけじゃなくて

一緒に出ている人が、どう動いたか。

一人限定なら、チームプレーを乱さずに

やれるんじゃないかと思うんだけど」


ミケラ婆は、紙の上を見た。


「その丸、あなた?」


「選手よ」


「それならいいわ」


「私が出ると思ったの?」


「あなた、話しているうちに

自分も入っていることがあるから」


否定しようとして

レリは、丸を一つ指で隠した。


提案は、検討に進むことになった。


ただし、新しいルールとして承認されるには

調査報告書が必要だった。


専門家が年間六十試合以上の練習試合に同行し

毎回、試合結果の詳細を記録する。


その調査を、レリのコミュニティが

担当することになった。


「六十」


レリは、もう一度言った。


「以上ね」


ミケラ婆が付け足した。


「聞こえてる」


「聞こえてない顔をしたから」


レリは、予定表を開いた。


一人に限る提案をしたら

自分たちの仕事が増えた。


*****


数回目の練習試合が終わった頃だった。


レリは、記録の中の同じ場面を

繰り返し見ていた。


一人の選手が動く。


その少しあとで、別の選手が動く。


ボールが渡る。


記録には、パスが通ったことも

その後の得点も残っている。


ただ、レリが気になったのは

最初の選手が動くよりも前だった。


受け手になる選手が

ほんの少し、車椅子の向きを変えている。


偶然かもしれない。


次に来るボールではなく

その手前の誰かを見ていたのかもしれない。


そう書きかけて、消した。


まだ、どちらとも言えなかった。


「コーチ、少しよろしいですか」


レリは顔を上げた。


見知らぬ男が立っていた。


柔らかく流れる髪が、少し乱れている。

声は穏やかだった。


「コーチに用なら、私じゃないです」


「あ、失礼しました。

ずっと記録を取っておられたので」


「記録を取る仕事なんです」


「では、ちょうどよかったかもしれません」


レリは相手を見た。


人違いをしたわりに

話をやめる気はないらしかった。


*****


男は、伊月レオナと名乗った。


同じ会場で試合をしていた

男子チームのコーチだという。


「女子チームの方ではないんですね」


「今日は、そちらの試合を見てたけど。

チームの指導をしているわけじゃないの」


「何を調べておられるんですか」


レリは、予知能力のある選手を含めた

チームプレーの調査について説明した。


伊月は、途中で何度か頷いた。


先を急かすような頷き方ではなかった。


「それは、その選手の予測が

何回当たったかを数えるんですか」


「それだけでは足りないと思ってる。

当たったのに、パスが通らないこともあるでしょう」


「ありますね」


「外れたけど、味方が拾ってくれることも」


「あります」


「そうすると、誰のおかげでうまくいったのか

分からなくなるのよ」


「チームですからね」


「そうなの」


レリは、少し笑った。


調べたいことを説明すると

何を見つけるつもりなのかと訊かれることがある。


見つける前なので、まだ分からない。


伊月は、そこを訊かなかった。


代わりに、レリの手元へ目をやった。


「今、見ておられたところ

もう一度、見てもいいですか」


*****


レリは、映像を少し戻した。


試合中には短かった数秒が

止めてみると、ずいぶん長い。


「この人の向きが変わったところ?」


レリが訊くと

伊月は、その少し前を指した。


「ここです。こちらの選手が見ている先」


「ボールじゃないの?」


「その奥ですね。

このあと、通れなくなる場所を見ている」


レリは、もう一度再生した。


そう言われて見ると

ボールだけを追っていた時とは

違う順番で、人が動いて見えた。


「どうして分かるの?」


「以前、似た動きを何度も検証したので」


伊月は長い間

AIコーチの現場アシスタントをしていたという。


指示と、実際のプレー。

記録された動きと

その場で選手が選んだ動き。


それらを照らし合わせる仕事を

重ねてきたのだった。


「同じ指示でも、毎回同じにはなりませんから」


「それは、そうでしょうね」


「うまくいかなかった時だけ見直すと

うまくいった時に何が起きていたのかを

見落とすことがあるんです」


レリは、消したばかりの記録欄を開いた。


「ちょっと待って。それ、書いていい?」


「どうぞ」


伊月は、レリが書き終わるまで待った。


*****


「あなたのチームにも、いるの?」


レリが訊いた。


「予知能力のある選手ですか」


「ええ」


「そういうこととしては

まだ、確かめていません」


「そういうこととしては?」


「指示より早く動いた選手がいても

それまでの練習で身についた判断かもしれません。

味方の動きが、よく見えていたのかもしれない」


「本人は、何て言うの?」


「何となく、と」


「便利ね、何となく」


「詳しく訊いても

何となくの説明が長くなることがあります」


レリは笑った。


「分かる。何となく、すごく分かる」


「今のも、記録しますか」


「しない」


伊月も笑った。


それから、少し考えて言った。


「ただ、今まで出来なかった選手が

急に出来るようになることはあります。

本人も、どうして出来たのか説明できない」


「その次も出来る?」


「出来る時と、出来ない時があります」


レリは、資料に描いた丸を思い出した。


真ん中に一つ。

その周りに、いくつか。


あの描き方では

真ん中にいる人が、ずっと真ん中にいる。


けれど、今聞いた話は

そうではないような気がした。


「それ、予知じゃないと決まったわけでも

ないのよね」


「ええ」


「予知だと決まったわけでもない」


「そうです」


レリは頷いた。


決めずに、そのまま置いておける返事が

ありがたかった。


*****


気がつくと

会場に残っている人が少なくなっていた。


レリは、荷物をまとめかけていたことを

ようやく思い出した。


開いたままの鞄に

しまうはずだった資料が載っている。


その上に、今書いた記録が増えていた。


「引き止めてしまいましたね」


伊月が言った。


「最初は、コーチに何を訊くつもりだったの?」


「試合中、あまり指示を出しておられなかったので

その理由を」


「コーチじゃないからよ」


「ええ。それは、分かりました」


「ずいぶん早い段階で分かったでしょう」


「そのあとの話の方が、気になったので」


レリは、鞄を閉じる手を止めた。


「私も、あなたの見てきた試合の話

もう少し聞きたい」


「うちのチームでも

その調査を活かせるかもしれませんね」


「まだ、活かせるほど分かってないけど」


「では、分からないところから」


それなら、話せることはたくさんあった。


連絡先を交換してから

伊月は、自分のチームの方へ戻っていった。


レリは、記録を一つ付け足した。


選手の名前を書きかけて

その前に、問いを書いた。


その人だけに起きていることなのか。


「一人限定かあ」


自分で出した案を

レリは、小さく声にしてみた。


一人を数えるところから

もう少し、考えなくてはいけないらしかった。

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