レリのコミュニティ『百年後の今日』
ルミナが面白い話を持ってきた。
女性アーティストの活動を
支援する会社があるという。
先週、その会社の代表者が開いたワークショップに
シャナと二人で参加したのだそうだ。
代表者自身も
さまざまな分野で活動するアーティストで
ルミナはそこで積極的に話をしてきたらしい。
「レリさんにも会ってほしい方なんです」
ルミナは言った。
レリともっと親しくなりたい。
それが話を持ち込んだ一番の理由だったが
たとえどちらの「コト」も進まなかったとしても
何もしないではいられなかった。
レリも興味を持った。
第三の目を持つ者たちの仕事は
占い師や予言者
霊能者といった職業に偏っている。
後輩たちのために
それ以外の道を切り開く何かが
見つけられるかもしれない。
ルミナが代表者に連絡を取り、シャナも一緒に
三人でその会社を訪ねることになった。
*****
会社は、二棟の家がくっ付いたような
不思議な造りの建物だった。
玄関らしい入口は別にあったが
三人を迎えたのは、そちらではない方のドアだった。
「いらっしゃい。お待ちしてました」
レリよりひとまわりか
あるいはふたまわりほど年上に見える女性が
にこやかに迎え入れてくれた。
中に入ると、そこはカフェブースだった。
「このお部屋で先週ワークショップがあったんです」
ルミナが言った。
「すごく楽しくて、素敵な時間でした」
シャナも嬉しそうに続ける。
代表者は二人に笑顔を返し
レリと軽く自己紹介を交わした。
互いの端末にプロファイルを送り合う。
レリは受け取ったプロファイルを開いた。
会社の紹介に続いて、理念が記されていた。
最初の数行を読んで、レリは少したじろいだ。
そこには、こう書かれていた。
⸻
小社の理念です。
不快に思われる方が
全くいらっしゃらないとは言い切れません。
ですが、あえて書きます。
よろしければお読み下さい。
***
10月28日宣言
……序 オトコとオンナ……
私たちがオンナとして生まれた理由は
オンナとして生きるためだ
いつまでも到達できないオトコとの差や
物足りなさ
疎外感を感じながら
生きていくためではない
女だから、女なのに、女のくせに
そう言われたことのない女性は
ひとりもいないだろう
オトコ社会の中で
男女平等の触れ込みは単なる建前に過ぎず
その実男女不平等を嫌という程味わう
女性が何か始めると
全く根拠なく
まず無理だと言われる
悪意なく立ち塞がってくる
無理もない
敵はそれを思いやりだと
勘違いさえしている
男は男を『あのひと』と呼び
女性のことを『あのオンナ』と呼んできた
一体どれほどの才能が
オトコ社会の中で
開花しかけては踏み潰されたか
才能を垣間見せた瞬間
オトコとオトコの手下どもが
それを幻想だと吹き込み
オンナを潰しにかかってくる
オンナは家事に飲み込まれ
仕事のジャングルに迷い
進みかけた道を断念していく
あんなに好きだった仕事
好きだった歌や書き物や絵が
やがては見るのも嫌になる
情熱を否定し
どこにもなかったかのように
しまい込んでしまうのだ
女性は生まれつき出来ることが多い
出来ることが多いから
要求されることも多い
同時に出来るから同時にやってしまうのだ
心身ともに過剰搭載され
期待を背負わされ
重い足取りで生きてきた
家事や介護を任され家業を手伝い
シングルマザーで仕事を持ち
家族や周囲のために自分の時間を差し出し
大事な命を費やしている
その上で果たしている仕事が
単機能なオトコの果たす
全身全霊の仕事ぶりと比較されれば
見劣りするのは当たり前だ
しかし
オンナであるから
オンナだからこそできた
多岐に渡る仕事の数々
アレもコレも出来るということが
なぜに評価されないのか?
成功や報酬や地位は
オトコには近い
オンナにはとても遠い
古来から
オンナを捨てるか
オトコに媚びなければ
到達しなかった
そんなオンナだからこそ
ささやかな自己実現への道を見つけ
切り拓く能力に長けている
小さな幸せを増幅させ結集させる能力
歩んできた道の全てのことをバネに
これから歩む道を作り始める才能
封印した情熱は熟成され
はじめはささやかに
やがて燃えたぎるように
自己表現を始める
こんなにも才能ある彼女たちを
見つけ出して
励まし続けて
救出して
起業を提案出来たとして
無事に開花させることが可能だろうか?
この国では
未知の仕事や新しい人物の出現を
なかなか受け入れない
受け止めることが出来ない
受け皿はあるとしても非常に小さい
彼女たち個人の行動範囲の
物理的な狭さのせいだけではない
慣習や社会意識の低さにもよる
ネットの波に乗って
うまく広がって行けたとしても
広大な海に紛れて
いつまでもひとりで漂っている
みんな光を放ちながらも
みんなひとりで漂っている
そこまでで良いのだろうか?
それだけで幸せなのだろうか?
逆境に置かれた女性たちに
私は何が出来るだろう
私にしか出来ないこと
それがわかった
……やるべきこと……
彼女たち各々の
別々の才能を
集団として融合させること
多様なスキルを群体化し交配して
全く新しいアーティスト集団として転生させる
それを目的に掲げ
市場価値を高めることを活動の根源とする
決まり切った形式や括りに縛られない
新たな美意識を生み出して
彼女たちの芽吹きを世界中に紹介したい
センシャスな発露がこの社会の中で
曲解されたり潰されたりすることのない環境を
内側から作って行きたい
彼女たちを
この世に数多と送り出したその後で
あの世からゆっくり見守りたい
私でなければならない理由
私でなくては出来ない理由
自己の才能を
人生までもを葬りかけ
自分を飼い慣らす努力を重ね続けた
その罰として
同じ思いを背負った彼女たちを
ひとりでも多く救い出すことを
ここに宣言しよう
もっと先へ進もう
先手を打つことも出来る
啓蒙も教育も
『無い仕事は作る』
私が本当にやりたかった仕事は
今までどこにも存在しなかった
でも今ここにある
あえて言う
男にはわかるまい
男には出来もしまい
男には考えつきもしまい
何かを生み出すために必要な苦しみが
男には与えられてこなかったのだから
そう言うところを仕事にするのだ
待ってなさい
百年後の今日
追記
以下、座右の銘です。
『どこかわからぬところへいって
なにかわからぬものをとってこい』
Rough road
May be impassable
Travel at your own risk
(デコボコ道だ
行き着けないかも知れない
自己責任で往きなさい)
⸻
レリは読み終えても
しばらく端末から目を離さなかった。
強い言葉だった。
同意できるところもあれば
簡単には頷けないところもある。
それでも、途中からは
引き込まれるように読んでいた。
「ずいぶん、強い文章ですね」
ようやくレリが言った。
代表者は笑った。
「そうですね。
今読むと、かなり過激なところもあります」
「でも、面白いです」
「ありがとうございます」
代表者は少し間を置いた。
「これ、百年前に私の祖母が
会社を立ち上げた時の理念です」
「お祖母様が?」
「ええ」
レリはもう一度、宣言の題名を見た。
十月二十八日。
そして、最後の言葉。
待ってなさい
百年後の今日
代表者が言った。
「今日が百年後です」
レリは顔を上げた。
ルミナとシャナも、代表者を見た。
代表者は穏やかに微笑んでいた。
レリはもう一度、端末に目を落とした。
百年前の今日。
百年後が今日。
レリはゆっくりと端末を閉じた。




