レリのコミュニティ『ルミナの越境』
一 タロット
「ねえ、シャナ。今日も占って」
ルミナはそう言って、テーブルの向かいに座った。
「また?」
「また」
「昨日もやったじゃない」
「昨日は昨日。今日は今日」
ルミナは両手を揃えて
シャナが鞄を開けるのを待っている。
シャナは小さく息をつき、カードの箱を取り出した。
「何を占うの?」
「それを考えてる」
「考えてから来なさいよ」
「シャナと話してるうちに
思いつくかもしれないじゃない」
「じゃあ、お茶でも飲んでなさい」
ルミナは笑った。
シャナも笑って、カードを切り始めた。
何度も使っているカードだった。
角が少し柔らかくなり、裏面には細かな擦れがある。
ルミナは新しいものを買えばいいのにと言うが
シャナはこのカードが気に入っていた。
「決めた」
「何?」
「今度、いいことある?」
「ずいぶん大雑把ね」
「細かく聞いたら
細かいことしか起こらない気がするから」
「そんなことないわよ」
シャナは三枚のカードを並べた。
ルミナが身を乗り出す。
「どう?」
「ちょっと待って」
シャナはカードを見つめた。
カードを読んでいる。
少なくとも、ルミナにはそう見えているはずだった。
シャナには、生まれつき人より少し先のことが見える。
ただし、いつでも何でも見えるわけではない。
見ようとしたからといって、必ず見えるわけでもない。
それでも、普通なら知り得ないことを
知ってしまう場合があった。
シャナはそのことを、ルミナに話していない。
誰にも話したくないわけではなかった。
ただ、話したあとのことを考えると
どうしても口が重くなった。
驚くだろう。
質問されるだろう。
何かを見てほしいと言われるかもしれない。
ルミナなら、きっと大騒ぎする。
その様子を想像するだけで
シャナは疲れてしまうのだった。
「ねえ、どうなの?」
「悪くないわよ」
「ほんと?」
「うん。何か新しいことがありそう」
「何かって?」
「それは、何かよ」
「そこを占うんじゃないの?」
「占いは、全部教えてくれるわけじゃないの」
ルミナは不満そうに口を尖らせたが
すぐに機嫌を直した。
「じゃあ、楽しみにしとこう」
シャナはカードを片づけた。
ルミナが喜んでいるのを見ると、少し安心した。
本当のことを知らなくても
ルミナはこうして楽しそうにしている。
それなら、このままでいい。
シャナは長い間、そう思っていた。
二 内緒のこと
「シャナ」
ある日、ルミナが言った。
「内緒にしてることがあるでしょ?」
シャナは、持っていたカップを置いた。
「何?」
「だから、内緒にしてること」
「どうして?」
「あるの?」
シャナは答えなかった。
ルミナはいつものように笑っていなかった。
怒っているわけでもない。
ただ、シャナの顔を見ていた。
「……見えてるの?」
シャナは思わず尋ねた。
「何が?」
「だから、その……」
「見えるって、何が?」
ルミナは不思議そうに首を傾げた。
シャナは、自分が何を言ってしまったのか考えた。
「何でもない」
「変なの」
ルミナはそう言ったが
話を終わらせようとはしなかった。
「私、そんな能力ないけど」
「え?」
「シャナを見てると、何か抑え込んでるのがわかる」
シャナは黙っていた。
「ずっと前から、時々そういう顔するのよ」
「どんな顔?」
「うーん。何か言いかけて、やめる顔」
「そんな顔してる?」
「してる」
ルミナは頷いた。
「私に言いたくないことなら
言わなくてもいいんだけど」
「……うん」
「でも、何もないふりをしなくてもいいんじゃない?」
シャナはルミナを見た。
ルミナは、何かを知っているわけではなかった。
シャナの秘密を言い当てたわけでもない。
それなのに
シャナが長い間隠してきた何かに気づいていた。
「怒らないの?」
「何を?」
「隠し事をしてたら」
「内容によるんじゃない?」
ルミナは少し考えた。
「私のお菓子を全部食べてたとか」
「食べてないわよ」
「だったら、今は怒る理由ないもの」
シャナは笑いかけたが、うまく笑えなかった。
自分には、先のことを見る力がある。
けれど、ルミナに秘密を知られたあとのことは
ずっと怖くて見ようともしなかった。
ルミナには、そんな力はない。
それでも、目の前のシャナを見続けていた。
磨こうともしない自分の予知能力より
ルミナが日々使っている洞察力のほうが
よほど確かなこともあるのかもしれない。
シャナは少し恥ずかしくなった。
「ルミナ」
「うん?」
「会わせたい人がいるの」
「誰?」
「私が行ってるコミュニティの人」
「シャナ、そんなところに行ってたの?」
「うん」
「どんなコミュニティ?」
シャナは少し迷った。
「いろんな人がいるところ」
「それじゃ何もわかんない」
「行ってみればわかるわよ」
「私が行ってもいいの?」
「聞いてみる」
ルミナは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、行く」
シャナは、まだ自分の秘密を話していなかった。
けれど、いつか話すことになるかもしれないと思った。
今度は、その先を無理に見ようとはしなかった。
三 連れてきた人
「今日は友達を連れてきました」
シャナがそう言うと、レリは顔を上げた。
「こんにちは」
ルミナは軽く頭を下げた。
「ルミナです」
「レリです」
レリは椅子を勧めた。
「どうぞ」
集会は、いつもと同じように始まった。
参加者たちは近況を話したり
困っていることを相談したりした。
ルミナは最初、何を話しているのかよくわからなかった。
けれど、誰かが話すとレリが耳を傾け
別の誰かが口を挟み、時にはみんなで笑った。
レリは、誰に対しても特別な態度を取らなかった。
長く話す人にも、黙っている人にも
同じように接していた。
ルミナは、そんなレリを見ていた。
レリは中性的な魅力のある人だった。
顔立ちのせいなのか、声のせいなのか
身のこなしのせいなのか。
ルミナには、よくわからなかった。
ただ、気になった。
集会が終わる頃には
もう少し話してみたいと思っていた。
それからルミナは
時々シャナについてくるようになった。
シャナが来られない日にも、一人で顔を出した。
レリはいつも、来た人に声をかけた。
ルミナにもそうした。
レリは、昔から女の子たちによく慕われた。
十代の初めには、年下の子たちがレリのそばに集まり
誰がいちばん可愛がられているかで
張り合うことさえあった。
レリはそれを、少し面白く
時には困ったことだと思っていた。
慕われるのは嫌ではなかった。
今もコミュニティには
レリに親しみ以上のものを感じているらしい子が
何人もいた。
けれど、レリは誰か一人を特別扱いすることはなかった。
伊月とのことがあってから
男性とうまくやっていける自信もなかった。
だからといって
特定の女性を恋人として愛せるとも思っていなかった。
寂しくないわけではない。
ただ、後輩たちの話を聞き、相談に乗り
時には誰かのために出かける。
それだけで一日が終わった。
自分のことを考える時間は、あまりなかった。
ルミナは、そんなレリのところへ通ってきた。
何かを相談するためではなかった。
誰かに紹介してもらうためでもなかった。
ただ、レリに会いに来た。
四 明日も
集会が終わって、みんなが帰ったあとだった。
レリがテーブルの上を片づけていると
ルミナが近づいてきた。
「レリさん」
「うん?」
「好きです」
レリは顔を上げた。
「そう、ありがとう」
「誰か居るんですか?」
「誰も?」
「毎日来ても?」
「いいよ」
「じゃあ明日も来ます!」
「じゃあ。」




