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レリのコミュニティ『天与の惑い』

一 個人相談者



「それで、どうしたらいいと思いますか」


若い男は、レリの顔を見た。


集会が終わってから、もうずいぶん時間が経っていた。


広い部屋には、レリと彼

それにもう一人の女性しか残っていない。


「断ってもいいと思うよ」


レリは言った。


「でも、僕にしか分からないことだったら?」


「うん」


「僕が断ったせいで、誰かが困るかもしれない」


「うん」


「そう思うと、断れないんです」


彼は先月、ある事件の捜査に協力していた。


事件そのものは解決した。


感謝もされた。


けれど、それから眠れない夜が続いているという。


「僕、役に立てたんですよね」


「そうだと思う」


「じゃあ、どうしてこんなに嫌なんでしょう」


レリは少し考えた。


「役に立てたことと、嫌だったことは

両方あっていいんじゃないかな」


男は黙った。


「……そういうものですか」


「私にも分からないけどね」


レリが笑うと、男も小さく笑った。


やがて彼は礼を言って帰っていった。


最後まで残っていた女性が

入れ替わるように椅子を寄せてきた。


「私、能力をなくす方法ってないのかなと思って」


レリは椅子に座り直した。


「どうして?」


「だって、普通に暮らしたいだけなんです」


女性は膝の上で両手を握った。


「占い師になりたいわけじゃないし

予言なんかしたくない。

何か見えたら人に言わなきゃいけない気がするし

言ったら言ったで

今度は責任を取れって言われそうで」


「うん」


「私たちって、障害者なんでしょうか」


「どうだろうね」


「それとも、特別な才能なんでしょうか」


「どうだろう」


「レリさんでも分からないんですか」


「分からないことだらけだよ」


女性は意外そうにレリを見た。


「でも、レリさんは……」


その先は言わなかった。


言うのを躊躇したのか、言葉にならなかったのか。


待ってみた。


そのあともレリは尋ねなかった。


しばらくして、女性は少し肩の力を抜いた。


「また来てもいいですか」


「もちろん」


「何も相談することがなくても?」


「その方がいいかもしれないね」


二人は笑った。


女性を見送ってから

レリはようやく部屋の明かりを落とした。




二 旗揚げのゆくえ



コミュニティを始めた頃は

こんなに大きくなるとは思っていなかった。


自分と似た経験を持つ子供たちがいる。


眉間に光が差し込んだような、あの奇妙な経験。


それを誰にも説明できず、怖がったり、隠したり

時には周囲から怖がられたりしている子供たちがいる。


一緒に考える場所があればいい。


最初は、ただそれだけだった。


ところが、能力を使いこなせるようになると

今度は使い道を尋ねられるようになった。


何になれるのか。


どこで働けるのか。


誰の役に立てるのか。


尋ねるのは本人ではない。


大概、親兄弟だ。


本人たちは、同じような経験をした仲間がいることが

嬉しくてやって来る。


一方、家族はその先の暮らしを心配する。


占い師。


予言者。


霊視による捜査協力。


もちろん、それを望む者もいる。


けれど、望まない者はどうしたらいいのだろう。


レリには、仕事を作ってやることができなかった。


仕事を断った後の生活まで

引き受けることもできなかった。


相談者は増えた。


集会の参加者も増えた。


一人一人の話を聞いていると

時間はいくらあっても足りなかった。


昔の人たちも、こうして集まっていたのだろうか。


禁酒会、読書会、親子会、保護者会。


お婆たちから聞いた話では、集まってはお茶を飲み

話し合い、時には喧嘩もしたらしい。


けれど、輪になって話すだけでは言えないこともある。


誰にも聞かれたくない話。


誰か一人にだけ聞いてほしい話。


レリは、できるだけ聞いた。


気がつけば、自分の話をする時間がなくなっていた。


部屋を出ると、夜の空気が心地よかった。


レリは肩を回した。


さて。


今日は、何を食べようか。


そう考えたところで、キトラ婆の店を思い出した。


三 認バー


「ただいまー」


「おや、レリ。今日は早いじゃないの」


「遅いよ」


「じゃあ遅いじゃないの」


「そうだよ」


「そうなの」


キトラ婆は、何事もなかったように頷いた。


レリは笑いながら、いつもの席に腰を下ろした。


「何か食べる?」


「うん。何かある?」


「あるわよ」


「何?」


「何がいい?」


「だから、何があるの?」


「何が食べたいの?」


レリはしばらくキトラ婆を見つめた。


「……アンディ」


「はい」


「この会話、いつ終わると思う?」


「現時点では終了時刻を予測できません」


「でしょうね」


「でしょうね」


「アンディ、復唱しなくていいから」


「復唱しなくていいから」


「してるじゃん」


「してるじゃん」


キトラ婆が振り向いた。


「二人とも、食べるの食べないの!」


「食べるー!」


「食べるー!」


「アンディは食べないでしょ!」


「食べないでしょ!」


「もうっ!」


キトラ婆は呆れたように奥へ引っ込んだ。


レリは椅子の背にもたれて、声を立てて笑った。




四 百人の恋人



しばらくして、食事が運ばれてきた。


レリは一口食べて、ようやく人心地ついた。


「ねえ、お婆ちゃん」


「なあに」


「昔の恋人の話、してよ」


「また?」


「うん。何回聞いても面白いから」


「何回も話したかしら」


「話したよ」


「じゃあ、どこまで話した?」


「百人目まで」


キトラ婆は手を止めた。


「……百人?」


「そう。百人の恋人」


「そんなにいないわよ!」


「えー、九十九人だった?」


「違います!」


アンディが顔を向けた。


「九十九人の恋人」


「アンディ! 違うから!」


「九十九人ではありません」


「そうよ!」


「百人です」


「違うって言ってるでしょ!」


レリはテーブルに突っ伏した。


「じゃあ、百人と順番につきあったんだよね」


「誰がそんなこと言ったの!」


「お婆ちゃん」


「言ってません!」


「アンディ、記録して」


「承知しました。

キトラ様は百人の恋人と順番に交際しました」


「こらーーーっ!」


レリはもう笑いすぎて、声が出なかった。


「ウソぴよーーーん!」


「ウソぴよーーーん!」


「それ! 消しときなさいね!

店の沽券にかかわるんだから!」


「承知しました」


アンディは少し間を置いた。


「百人の恋人という情報を削除します」


「そうそう」


「九十九人の恋人という情報も削除します」


「そう!」


「順番に交際したという情報も削除します」


「そうよ!」


「ウソぴよーーーん」


「それもーーーっ!」


レリはとうとう涙を流して笑った。


キトラ婆は呆れた顔をしていたが

やがてつられて笑い始めた。




五 昔の恋



「それで、本当は何人いたの?」


ひとしきり笑った後、レリが尋ねた。


「何人って、恋人?」


「そう」


「そんなこと、いちいち数えてないわよ」


「じゃあ、いちばん好きだった人は?」


キトラ婆は少し考えた。


「そうねえ……」


アンディが身を乗り出すように顔を向けた。


「記録しますか?」


「しなくていいわよ」


「承知しました」


「昔ね、とても素敵な人がいたの」


「うん」


「背が高くてね」


「うん」


「声がよくて」


「うん」


「踊るのが上手だった」


「へえ」


「それでね、ある日……」


キトラ婆は話し始めた。


途中で相手の名前が変わった。


しばらくすると、出会った場所も変わった。


最初は夏の出来事だったはずが

いつの間にか雪の降る夜になっていた。


アンディが何か言いかけた。


レリは小さく手を振った。


アンディは黙った。


キトラ婆は楽しそうに話し続けた。


レリも、楽しそうに聞いていた。




六 また明日



店を出る頃には、ずいぶん遅くなっていた。


「また来るね」


「明日?」


「どうかな」


「じゃあ、また明日ね」


「うん、また明日」


キトラ婆は、レリの上着の襟を少し直した。


「ちゃんと食べなさいよ」


「食べたよ、今」


「そうだったわね」


「お婆ちゃんもね」


「はいはい」


アンディが出口まで見送った。


「お疲れさまでした」


「ありがとう、アンディ」


「ありがとうございました」


「ねえ、アンディ」


「はい」


「ウソぴよーーーん」


「ウソぴよーーーん」


奥から声が飛んできた。


「それ、まだ消してないのーーーっ!」


レリは笑いながら店を出た。


外の空気は、来たときより少し冷たかった。


明日も、きっといろいろな人がやってくる。


話を聞いてほしい人。


答えを知りたい人。


答えなんかいらない人。


レリは上着の襟を合わせた。


そして、家へ向かって歩き出した。

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