第4話 新人騎手
父は競馬が好きだった。日曜日はオレを膝にだっこしながら、パドックの解説をしてくれた。
子どもに何を教えているのやらと思ったけど、楽しそうに話す父が好きだったんだと思う。
そうなるとオレも競馬が好きになってくる。テレビに映るジョッキーは恰好良かった。
オレの将来の夢はジョッキーになった。
家族は素人ながらオレの夢を応援してくれた。
厳しい試験を潜り抜けてジョッキーになったオレを迎えた先は、更に厳しい現実だった。
レースにほとんどでれない。
騎乗依頼がないのだ。
頼れるのは所属する厩舎だけだった。もちろん調教師の先生も色んな馬主にオレを推してくれていたが、競馬学校時代の成績に目立ったものも、競馬関係者のツテもコネもないオレに騎乗依頼を出してくれる馬主は少なかった。
調教をつけて糊口をしのぐ。レースに出なければ名前を知られることもないし、チャンスがこない。同期の勝利を知るたびに焦った。
そんな時に
「スイートポテトの新馬戦に乗れ」
と先生から指示があった。スイートポテト、オレはスーやんと呼んでいるが、とにかく脚の遅い馬だ。
調教をつけているからわかっているが、基礎能力がとにかく低い。タイムを見る限り未勝利を抜けることなく終わる馬だと思っていた。
「乗り方は任せるが乗るからには少しでも前の順位を目指せ」
先生からの指示はそれだけだった。
新馬戦当日、この週末で唯一の乗鞍はスーやんだった。遠い香川から北海道まで父が応援しにきてくれた。
「たまたま休みがとれたからな」と言っていたが父の気持ちが嬉しかった。そして同時に負ける姿を見せてしまうと体が重くなった気がした。
厩務員の大川さんから引き渡されたスーやんにまたがった。
スーやんは、コースをまわるとき、なかなか戻ろうとはしなかった。オレの気持ちが伝わったのかもしれない。しっかりしなきゃ。
その日、オレは初勝利を挙げた。
ゲートから飛び出した後は必死すぎてあまり覚えていない。ゴールまでの2分に満たない時間、前に馬が見えないという景色を見た。
最後にかわされたかもしれない、電光掲示板が確定するまで、オレはふわふわしていた。
ヤマモトエースに乗っていた先輩ジョッキーに
「やりやがったな」と肩を叩かれてから、よくわからない感情があふれでた気がする。
スーやんに抱き着いたら、オレの涙声が気に入らなかったのか顔を背けられた。
「スタート、コーナーの位置取り、特に指示を出さなかったが、スイートポテトの能力を発揮できる完璧なレース運びだった。これが出せるならもっと推薦できる」
先生から褒められた。手が震えてくる。開催が終わって、父に電話した。
あの日からオレへの騎乗依頼が増えた。多くはないけど、ちゃんとジョッキーやってるという実感がわき始めた。
だけど、スーやんとのレースのような騎乗はできていない。
オレは今日もあの日のレースの動画を見直している。
……スタートはいい、そのあとスーやんのあの顔なんなんだろう。
舌を出して目が白目むいてて、なんか薬やってそう。レース後の検査でも問題なかったらしいけど……。
厩舎でも問題になりかけたのだけど、大川さんが
「実はたまに馬房であの顔してるんですよ。人がいるときやらないんですけど、隠れてみていたらたまに……」
スーやんのリラックスしているときの顔かもしれないということで、意見は落ち着いている。
そして父からは、あの日勝った直後のオレを動画にとっていたらしく、「すうううやん」というタイトルでスーやんの変顔の画像が送られてきた。
もっとオレを見てくれよ!!
※あんちゃんとスーやんのやり取りは、観客席近くで行われていました。
あんちゃん(アキ)
本名:藤井 貴明
出身:香川県
所属:美浦
備考:厩舎に所属する新人騎手。スイートポテト号で初勝利を挙げる。




