第3話 転機
坂道を何度も上って下ってがここのところ日課になっている気がする。
こんなに坂道ばかりの調教は前世ではやらなかったなー。
ふうふう言いながら今日の調教も終わり、お楽しみのごはんタイムが近づいてくる。
洗い場でおっちゃんが、ぬるま湯で汗を流してくれる。これがまた気持ちいい。
でも、おなかすいたなぁ。
「スーやん、今日もファンからの差し入れのリンゴがあるから食後に切ってやるからなー」
リンゴ!!
そう、そんな俺にファンだっておかしいだろうって思うよね。
あれから5戦したが、俺がレースに勝ったのはその時だけだ。最近の一番良かった着順は6着ってところ。
それに対してエースは、すでに重賞勝利を決め、冬のレースでG1に挑戦したが惜しくも2着に敗れる結果だったそうだ。
俺のファンとはエースに勝った馬のファンなのだ。
だけどエースに唯一勝った馬という称号を失ってしまった……。
もしかしたら、これが最後の差し入れのリンゴかも。味わって食べよう。
俺がリンゴの余韻にひたっていると、馬房にセンセイがやってきた。
センセイはこの厩舎で一番えらい人間らしい。
前世のカイザーのときは、ほぼ毎日のように誰かしら連れて会いに来ていた。今のセンセイは一週間に一度くらい。それも、いつもひとりだ。
お友達が少ないのかなぁ。
センセイは俺の腰から後ろ脚をじっくり見てくる。
うん、坂道ばっかりになってから筋肉ついたよ。目指せマッチョだ。
「大川さん、アキ呼んでくれる?」
大川さんはおっさんのこと。アキは俺のコンビのあんちゃんだ。ちゃんと覚えてるよ。
俺が馬の気を惹く話のネタを考えているときに、あんちゃんが走ってやってきた。
人がいると『折り合いを欠いた馬の演技』の練習ができないからね。
これでも忙しいんだよ。昼寝もするけど。
「先生、お待たせしました!!」
「いや、急に呼んで悪かったな。スイートポテトのことなんだが」
……知らない名前でてきた。
「障害を走らせてみようかと思うんだ。」
「えっ?」
「馬主さんにも相談して、4歳まで未勝利だったら障害へ、という予定だったんだが……前倒ししようと思う」
「待ってください!スーやんは未勝利じゃありませんよ!」
……もしかしてスイートポテトって俺のこと?
「そうなんだよなぁ…。新馬戦はあれ以上ない完璧なレースだった。」
「だったら……」
「スイートポテトにはあれ以上の舞台は平地にはない。」
センセイは静かにゆっくりと言った。
えーと、スイートポテトは俺のことで、俺には平地無理ってことか?
あんちゃんは、何か言いかけて止めたように見えた。
「障害試験に受かったらだが、障害を得意とする騎手に調教を付けてもらおうと思っている」
センセイはあんちゃんを見つめながら、
「お前は乗鞍も増えてきたし、両立は厳しいだろう。スイートポテトに思い入れもあるだろうし、考えてみてくれ。」
そういうとセンセイは、おっさんに軽く手を振って馬房を出て行った。
「……スーやん。オレ…。オレはずっとスーやんに乗っていたいんだ。」
あんちゃんは茫然と俺を見つめる。
ちょっと情報多いよ。次のレースに考えてた話のネタ飛んだよ。
あんちゃんは悄然とした足取りで馬房を出て行った。
障害って、走るだけじゃなくて柵とかを飛び越えるアクロバティックなレースだったよね。
カイザーの時も走ったことないけど、もしかして俺に向いてる?
仔馬の時に、柵を飛ぼうとして頭を打ったことを思い出した。
カイザーは同じ頃、軽々と飛んでたんだけどね。
俺、飛べるのかな……。
スイートポテト(スーやん)
ー父:ハシルダンシャク
ー母:スイートハニー




