閑話 母馬たちの話
母は最強牝馬といわれていたらしい。現役時代には年度代表馬にもなったことがあると聞いた。
牧場を堂々と歩く母は、周りの母馬よりも大きく見えた。
「ママ」「カイザー、私は母上と呼んでほしいわ」
「はい、母上」
母上と一緒に歩くと周りの親仔が道を開ける。牧場の女帝だ。
ある日、俺は父のことを母に聞いてみた。母の顔が一瞬ゆがんだ気がした。
「……私の相手なんだから、それなりに強い馬だったんじゃないかしら」
「強い?」
「カイザー、馬にとっての強いっていうのは誰よりも速いってことなのよ。あなたは強くなるわ。」
速いは強い、心に刻んだ。
「父上の走った姿はどうだったのですか?」
「……知らないわ」
「会ったことあるのですよね?」
母の目が吊り上がった。
「あいつは、『筋肉牝は好みじゃないけど、仕事だからなー』って言いやがったのよ!!!!」
おもわず、粗相しそうになった。
「この話はおしまいよ。……私だってかわいいっていわれたかった」
最後の声は風音にまぎれそうなぐらい小さかった。
母はあまり強くない馬だったらしい。勝てないから現役が長かったと聞いた。
牧場を控えめに歩く母は、小さくはかなく見えた。
「母上」「スーやん、母上って柄じゃないわ、母ちゃんって呼んで」
「母ちゃん」
母上と一緒に周りの親仔を避けながら歩く。牧場では空気のようにふるまう。
ある日、俺は父のことを母に聞いてみた。母はやさしく微笑んだ。
「父ちゃんもね、なかなか勝てなくて長く現役だったんだって。こんなおじさんで申し訳ないっていわれちゃった」
「速かったの?」
「ううん、でもね10年以上ケガもなく走り続けたの。スーやん、馬にとって丈夫なのは大切なの。あなたは丈夫な馬に育つわ。」
丈夫なのは大事なのかぁ。
「父ちゃんの走った姿見たことあるの?」
「残念ながらないけど、きっと一生懸命走ったと思うわ。」
母はちょっと恥ずかしそうに笑った。
「恥ずかしいから、この話はおしまい。……あなたは丈夫さだけは折り紙つきよ。だって私も丈夫なんだから!」
いつもよりちょっと大きな声で母は楽しそうに笑った。
※仔馬の時点では、まだ正式な名前は決まっていません。
カイザーとスーやん、それぞれの母仔の違いが分かりやすいように「カイザー」「スーやん」と名前で呼んでいますが、実際には「坊や」「あなた」くらいの感覚です。
カイザーの母馬は現役時代「牝馬に見えない馬体」「男勝り」と言われ続けていました。
でも繁殖に入ったら「かわいい、きれい」って言われると夢見てました。
G1馬を輩出し続けている名門の母系に生まれた、お嬢様でもあります。




