夜桜
まさに思った通りだった。遠くからでも、キラはヨシと今朝の少女の姿をすぐに見つけることができた。二人はまだ腕を組んでおり、まったく悪びれる様子もない。やれやれ。彼女はその場に立ち尽くしたまま、彼の番号をダイヤルした。
「本当に何なんですか、ヨシさん。彼女とデート中なのに、なぜ私をこんなところに呼び出したんですか? 私、帰ります」
「おい、ちょっと待て、キラ!」
ヨシはすでに彼女に気づき、こちらに向かって真っ直ぐ歩いてきていた。一体これは何の騒ぎだろう。まるで安っぽいメロドラマのようだ。その場に踏みとどまるべきか、それとも逃げるべきか。キラが頭の中で3つ数えると、彼女の役に立たない両脚は、後ろから呼びかけるヨシの声を無視して、完全に本能のままに走り出していた。
「キラ! 待ちなさい!」
ヨシの長い脚は、あっという間に彼女に追いついた。その手、その手が。彼は一体何をするつもりなのだろう。彼は彼女の腕を引っ張って引き止め、この状況をドラマチックな三角関係の構図へと変えてしまった。これはまずい。非常にまずい。
「秋野社長、あなたに彼女がいることは知っています。それについて私は何も不満はありません。それに、私はあなたに対してこれっぽっちも好意を抱いていません。一、ミリ、も。もし私があなたに誤解を与えるような行動をとっていたのなら、今ここでハッキリさせておきます。私は。あなたのことを。ただの。人使いの荒い上司としか。思っていません。そして、あなたに彼女ができたことを心から嬉しく思っています。お二人の末永い幸せを祈っています。だから、お願いですから私を家に帰らせてください」
キラは溜まりに溜まった鬱憤を、一息に吐き出した。しかし、ようやく顔を上げたとき、なんてことだろう、あの少女もすぐそばに立って、彼女を見てくすくす笑っていた。
「何を一人でブツブツ言っているんだ、キラ。これは私の姪だ!」ヨシは息を切らしながら言った。
キラの耳の奥でキーンと音が響き、脳がその言葉を処理するのを拒否した。
「はじめまして! 私はリナコです。ヨシおじさんの姪です。よろしくお願いします!」少女は明るい笑顔でキラにお辞儀をした。
話を聞くと、姪は来週から東京芸大に通い始めるのだという。寮に入って荷物を運び入れるため、一週間早く上京していたのだ。ヨシは彼女に新しい服や日用品を買い揃えてやりたかったのだが、どうしても女性の意見が必要だったらしい。最初からそう言ってくれればよかったのに。あやふやなまま呼び出すから、彼女が完全に大馬鹿者みたいになってしまったではないか。
「そんなに面白いですか、ヨシさん? 私が滑稽な姿を見せるのが、そんなに楽しいんですね。わざわざここで恥をかかせないで、最初からそう言ってくれればよかったじゃないですか」
ヨシは文字通り、涙を流して大笑いしていた。信じられない。
「ちょっと、ボス。秋野義秀社長! 今すぐそのニヤけた顔を引っ込めなさい」
キラは、両脚のエネルギーが完全に切れているにもかかわらず、彼の向こうずねを思いきり蹴り上げた。
「さっき電話で言っただろう?」
キラは耳を疑った。彼は明らかに彼女をからかっていたのだ。しかし、彼女はもう言い返す気力さえ残っていないほど疲れ果てていた。ヨシはリナコの方を向き、長い日本語をまくしたてると、キラを振り返り、英語で一言だけ翻訳して伝えた。
「キラさんは日系アメリカ人で、日本語がペラペラだから、遠慮せずに日本語でどんどん話しかけていいよ」
リナコは、驚くほど素直で飾らない良い子だった。地元では制服ばかり着ていたらしい。ヨシはすでに、彼女の大学の行事用のためにフォーマルなスーツを数着選んでいたが、それは完全な悲劇だった。青春の真っ盛りにいる10代の少女を、ヨシのような堅物なおじのファッションセンスに委ねるなど、大災害以外の何物でもない。本当に、自分がその場にいて防ぐことができてよかった。少なくともヨシには、彼女に助けを求めるだけの稀に見る賢明さがあったということだ。
買い物が終わる頃には、キラはすでにリナコちゃんの電話番号とLineを手に入れていた。この子は本当に、言葉にできないほど愛らしかった。長いショッピングセラピーを終え、彼女を寮に送り届けて別れを告げた。ヨシは感謝の印としてディナーをごちそうすると申し出た。彼に少しでも良心があるのなら、今日これほど恥をかかされたのだから、少なくともあと数回は食事をごちそうする義務がある。
二人は、狭い運河を見下ろす小さなテーブルに座った。水面には夜の街灯が反射してきらきらと輝いている。頭上高くでは、桜の天蓋が風に揺れ、彼らの周囲に花びらを優しく降らせていた。
「疲れた顔をしているな。今日は何をしていたんだ?」ヨシが不意に尋ね、キラは少しビクッとした。
彼女はすっかり疲れ切って頬杖をつき、ヨシの髪に落ちて留まっている一枚の桜の花びらを目で追った。
「週末に上司と遭遇して疲れない人なんていませんよ。それに、この二日間であなたの顔をあまりにも見すぎました」
「私に会うのがそんなに嫌か?」ヨシは乾いた笑い声を漏らした。
「100パーセント嫌です」キラは何も考えずに即答した。
本気で言っているわけではなかったが、彼を本当に怒らせたいわけでもなかった。なぜか、彼と対峙するたびに、自分の生意気な一面が勝手に表に出てきてしまうのだ。
ヨシの顔が少し曇った。キラは、少し言い過ぎただろうかと不安になった。
「でも、すごく素敵な場所を選んでくれましたね。それに、リナコちゃんは本当に可愛い子でした。だから、今回は大目に見てあげます」彼女はフォローのつもりで言った。
どうせヨシには大した社交生活もないのだろう。今回ばかりは寛大になって、彼の寂しい魂に救いの手を差し伸べてあげてもいい。
二人は、オリーブオイルを回しかけた冷たいイタリアンコーンスープと、柔らかいスモークダックの胸肉を分け合って食べた。新鮮な季節のサラダと、一皿のスパゲッティがテーブルを彩っていた。
「今日は来てくれてありがとう。リナコは田舎から出てきたばかりで、まだ友達がいないんだ。時々、彼女の話し相手になってくれると助かる」ヨシはスパゲッティにフォークを絡ませながら言った。
「彼女、彼氏はいるんですか?」
「まだいない」ヨシは一瞬沈黙してから続けた。「東京の男は複雑だからな。あの子にはあまり合わない」
「ヨシさんのように複雑なんですか? まるで東京の男たちが、田舎の純真な女の子たちを騙そうと手ぐすね引いて待っているみたいな言い方ですね」キラは平然と答えた。
ヨシが弁解し始めるかと思いきy、彼はただ静かに説明を始めた。
「その通りだ。東京にはスカウトと呼ばれるネットワークが存在する。身なりが良く、洗練されていて、礼儀正しく優しく振る舞うが、彼らの目的は地方から出てきた女の子を悪い道に引きずり込むことだ。君はそれを知らないだけだ」
「例えばどんな?」キラはまだ彼が冗談を言っているのだと思っていた。
「親しげに話しかけたり、容姿を褒めたり、気遣いを見せたりするんだ。そして、正体の分からないモデルやアイドルのプロジェクトに誘い、怪しい契約を結ばせたり、人目のつかない場所へ連れ出したりする」
キラの喉の奥が引き締まった。彼女はしどろもどろになりながら言った。「ヨシさん……一体、今までどんな経験をしてきたんですか?」
ヨシは彼女を見上げた。「君は、ネットで知り合った男とチャットをして、会う約束なんてしていないだろうな?」
まるで父親のような口振りだった。彼女の本当の父親でさえ、これほどしつこく首を突っ込んできたりはしない。
「私のことを18歳か何かだと思っているんですか? 私は十分に自立した、有能な大人です。侮らないでください」
「どのあたりが有能なんだ?」
「電車の痴漢に一生忘れられないお仕置きをして、警察に引き渡してやりました。私はお人好しではありませんよ、ボス。これでも空手の黒帯なんですから」
「それはいつのことだ? 怪我はなかったのか?」
「私の心配をしているんですか、ボス?」キラは彼の目をじっと見つめながら、からかうように言った。
ヨシは彼女を鋭く見つめた。「当然だろう。黒帯だろうが何だろうが、君は女の子だ。それに……」
「それに何ですか?」
「いや、いい。自分で考えろ」
「まさか、私が飲み物に睡眠薬でも盛られるんじゃないかって心配しているんですか?」
ヨシは咳払いをした。「よくあることだ」
キラは大笑いした。「白状してください、ヨシさん。誰か女の子を騙したことがあるんですか? まるで専門家みたいですね」
「いい加減にしなさい、キラ」夜の闇がすっかり深まっていたというのに、ヨシの顔は深く赤らんでいた。
キラはこれ以上彼をからかうのをやめ、話をそこで切り上げた。二人はディナーを終え、明日の会議について短く言葉を交わした。二人が席を立ったときには、時計の針はすでに8時を回っていた。
「どこに住んでいるんだ? 送っていこう」ヨシの言葉に、キラは一瞬頭が真っ白になった。聞き間違いかと思った。
「もう遅い。一人で電車で帰るのは安全ではない」
キラは彼をパチパチと見つめ、その短い困惑はすぐに、彼女のいつもの悪戯っぽい笑みへと変わった。
「もしかして、私に惚れちゃいましたか、ヨシさん?」
ヨシがひどく狼狽したのは明らかだった。彼は一瞬のうちに手を伸ばし、彼女のベレー帽をぐいと引っ張って彼女の目を覆い隠した。
「君はその生意気な口を少し慎みなさい、キラ。女性らしくしなさい。だからいつまで経っても独身なんだ」
結局、キラが何を言おうとも、ヨシは彼女を車で家まで送ると言い張って聞かなかった。
キラは疲れ果てた様子でアパートの位置をLineでヨシに共有し、スマートフォンの画面に地図を開いたまま、運転席の近くのコンソールトレイに置いた。車が夜の街を滑らかに走り出すと、彼女の重い瞼は自然と閉じ始めた。彼女の頭は窓ガラスにコクリと傾いた。血が巡るたびに、酷使した足裏がズキズキと痛む。午前4時過ぎからほとんど眠っておらず、一日中歩き回ったため、脚はまるで鉛のようだった。なんだか、彼が自分を抱き上げて、そのまま部屋まで運んでくれたらいいのに、とさえ思ってしまった。
車が停止したときの突然の静寂で、キラは身を揺らした。目をパチパチと開け、眠気の残る視界をクリアにする。
「キラ、起きなさい。着いたぞ」
ヨシの手が彼女の肩に触れ、彼女を起こすために優しく揺らした。キラはすっかり疲れ切った体をシートから引きずり出した。バランスを保つために車のドアに寄りかかりながら、彼女は力ない笑みを向けた。
「送ってくれてありがとうございました、ヨシさん。ごちそうさまでした」
「早く休みなさい。明日は遅刻しないように」
「了解しました」
その後に自分が何を言ったのか、キラはほとんど覚えていなかった。ただ、シャワーから上がった瞬間に意識を失い、手脚が体から完全に切り離されたかのように、そのまま眠りに落ちたことだけは確かだった。
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