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舞い落ちる花びらの軌跡

「何年も前のあの日の午後を、今でも鮮明に覚えている。学校から帰って庭の門のところに差し掛かると、いつも林檎の木々の間に、りんこの小さな姿が見え隠れしていた。ふんわりとした花柄のワンピースを着て、短いツインテールをよちよち歩きに合わせて揺らしている。ふっくらとした頬は太陽の光でさくら色に染まり、時折、こぼれ落ちた林檎の花びらが髪に引っかかっている姿は、まるで庭の小さな妖精のようだった。


私を見つけると、りんこの丸い目がパッと輝いた。手にするプラスチックのおもちゃのシャベルを地面に放り出し、ぷにぷにの両腕をいっぱいに広げて、雛鳥のように私に向かって駆け寄ってくる。そして、覚えたてのおぼつかない口調で、初めて言葉を紡ぐのだ。「じ…じーちゃん!」彼女が私を「おじさん」と呼べるようになった、最初の瞬間だった。それからは私の足にしがみつき、小さな頭を私の膝にこすりつけて、私が抱き上げて高い高いをしてあげるまで、どうしても離れようとしなかった。


舞い落ちる花びらのように、16年の歳月が瞬く間に過ぎ去った。気づけば彼女はもう大学生で、しかも、かつて私が歩んだ道と全く同じ道を歩むことを選んでいた。」


いつから始まったのかは自分でもよく覚えていない。けれど、目が覚めて真っ先にヒデの小説の更新をチェックすることが、いつの間にかキラの朝のルーティンになっていた。もっとも、寝坊して会社に遅れそうになり、大慌てで飛び出す朝だけは別だけれど。彼の文章は優しく、どこかいつも、言葉にできない切なさを帯びていた。そう、彼には姪がいて、長い海外生活を終えて帰国したばかりらしい。確かにヒデは以前、イギリスに留学していたと書いていた。章の最後には、決まって枝に留まる林檎の花の鉛筆画が添えられていて、そこには漢字で「芽出」と署名があった。その漢字は「ひで」と読む。彼のペンネームは「小さな芽が出る」という意味だったのだ。英語の「hide(隠れる)」と同じ響きなのに、その意味は「芽吹き」。隠れている小さな芽。なんだか、とても儚くて愛おしい名前だと思った。


春の空気はまだ肌寒く、空には雨を予感させる灰色の雲が退屈そうに低く垂れ込めていた。キラはクリーム色のリブタートルネックに、温かみのあるアプリコット色のロングスカートを合わせ、仕上げに上品なベレー帽をかぶった。気合が入りすぎず、かつお洒落に見える絶妙なラインを狙ったつもりだ。はしゃぎすぎず、大人の落ち着きを保つようにと自分に言い聞かせる。ヒデは花びらのように優しく繊細な人で、自分はただの騒がしい羽虫のようなものなのだから。


3月の終わり、桜の季節。そして新学期の始まり。上野公園は広大で、近くには東大や東京藝術大学といった名門校があるため、案の定、電車は学生たちで超満員だった。彼らの眩しいほど若々しい顔ぶれを見ていると、キラは自分の大学時代を思い出さずにはいられなかった。卒業してから、もう丸4年が経つ。周りの友人たちがとっくに役職に就き始めている一方で、自分はといえば、上司に口答えをしては仕事を転々とし、いまだにふらふらと目的地もなく彷徨っている。


上野駅の改札を一歩出た瞬間、キラは凄まじい人の波に圧倒された。彼女は眉をひそめ、警察官が拡声器で誘導する中、広いスクランブル交差点を牛歩のように進む群衆を見つめた。桜の季節の混雑は覚悟していたけれど、これは想像の斜め上を行くレベルだ。頭上には、淡いピンク色の桜のトンネルが低く垂れ込め、視界のすべてを覆い尽くしている。キラは歩きながら辺りを見回した。東京の地理に詳しければ、もっと静かな場所を提案できたのに。昨日、なぜ昭和記念公園にしようと言えなかったのだろう。自分の要領の悪さがつくづく嫌になる。


混雑の中でキラがため息をついたその時、聞き覚えのある声が人混みを割って届いた。


「あれ、キラちゃん?」


振り返ると、同じ部署の同僚であるヒロが立っていた。ツンツンとした短い髪に、いつも元気で気さくな彼は、キラが入社したばかりの頃から何かと面倒を見てくれる頼れる存在だった。けれど、キラを何よりも驚かせたのは、彼が社内で一番おっとりしていて癒やし系と評判のめぐみと、しっかりと手を繋いでいることだった。


この二人が付き合っているなんて、キラにとっては青天の霹靂だった。彼女が目を見開き、思わず叫びそうになった瞬間、めぐみが素早く彼女の口を手で塞いだ。めぐみの顔は耳まで真っ赤に染まっている。彼女はキラの耳元に顔を寄せ、必死に囁いた。「しっ、お願いだから内緒にして!会社の人には絶対に秘密だよ!」


キラは含み笑いをして頷いた。ヒロは隣で照れくさそうに頭を掻きながら、「ところで、キラちゃんはどこ行くの?」と尋ねてきた。


「この近くで、ちょっと友達と約束があって」キラは息を吐きながらベレー帽の位置を直した。「でも、ものすごい人で迷子になりそうだよ」


「本当?よかったら、そこまで送ろうか?」ヒロが親切に申し出た。


だが、ヒロがそう言った途端、めぐみの表情が凍りついた。彼女は近くに集まっている学生の集団を指差した。「待って……あそこにいるの、秋野社長じゃない?」


キラとヒロもつられて視線を走らせた。人混みに交じって、確かにヨシがいた。彼は普段の冷徹な姿からは想像もつかないほど、18歳前後に見える女の子と親しげに談笑している。女の子は制服姿で、腰まで届く艶やかな黒髪に、膝上の短いプリーツスカートから細くしなやかな美脚をのぞかせていた。彼女はごく自然にヨシの腕に抱きつき、甘えるように彼の肩に頭を預けている。


少女はまるで天使のような可愛らしさで、普段は氷のように冷たいヨシが、デレデレの別人のようになってしまうのも無理はなかった。とはいえ、ヨシは30歳だ。一回り以上も年下の女子高生と付き合っているというのは、どう見ても少し犯罪の香りがする。あの冷血社長の好みが、まさかこんな無垢なうさぎちゃんだったとは。


三人はその場に釘付けになり、二人の仲睦まじい後ろ姿が桜の木々の向こうへ消えていくのを、ただ呆然と見送った。我に返ったヒロとめぐみは、キラに手短に別れを告げて人混みへと去っていった。その直後、キラのバッグの中でスマホが激しく振動した。画面に表示されたヒデからのDiscord着信を見て、彼女の心臓がドクンと跳ね上がった。やっぱり、最初から普通の電話番号を教えておけばよかったと後悔する。もう少し静かな場所に移動したかったけれど、周囲の騒音が酷すぎて、受話口から聞こえる彼の声は半分ほどかき消されてしまい、うまく聞き取れない。ヒデは近くで急用ができてしまって行けなくなったと言い、本当に申し訳なさそうに、また別の日にリスケさせてほしいと告げた。キラは電話を切り、落胆のあまり肩を落ながらスマホの通知をスクロールした。そこには、ヒデからの10件の着信履歴と、何通もの謝罪のメッセージが並んでいた。


胸の奥に、ずっしりとした重苦しさが広がっていく。こうして、楽しみにしていたデートはあっけなく流れてしまった。けれど、せっかくここまでお洒落をして出てきたのだ。キラは人混みを押し分け、とりあえず上野公園の奥へと進んだ。せめて週末の気晴らしになる場所を探さなければ。


キラは不忍池のほとりを歩いた。水辺にはしなやかなシダレヤナギの並木が続き、その青々とした枝がそよ風に優しく揺れていた。この季節の池には、去年の枯れた蓮の茎と、新しく芽吹き始めたばかりの瑞々しい緑の葉が混在している。彼女は上野動物園の周りをぐるりと散策した後、電車に乗って浅草へと移動した。


隅田川沿いの桜並木を歩く。川のせせらぎに沿ってピンクの帯が広がり、桜の枝が風に優しく揺れていた。春の川面には、覆いかぶさる枝から散った花びらが揺れ、新芽の緑が点々と彩りを添えている。浅草駅から少し歩いたところで、遠くからお祭りの小気味よい太鼓の音が聞こえてきて、キラの胸が高鳴った。彼女は川堤の人混みをかき分け、桜橋の方へと向かった。


ちょうど3月の最終週末に開催される「桜橋花まつり」の真っ最中で、春の訪れを祝う阿波踊りのパレードが行われていた。賑やかな太鼓と篠笛の音が響き渡る中、ピンクの浴衣に編み笠を深くかぶった踊り手たちの艶やかな列が、しなやかに舞いながら進んでいく。彼らは一斉に掛け声を合わせ、下駄の歯を小気味よく響かせながら、大観衆の間を練り歩いていた。キラも周囲の熱気に当てられ、我を忘れて一緒に歓声を上げていた。


午後3時。春の陽光が、優しく暖かな琥珀色へと移り変わる頃。キラは体中のエネルギーが底をついたような疲労感に襲われ、細い路地の奥にひっそりと佇むレトロな純喫茶に逃げ込んだ。足はすでに棒のようになっている。彼女はメニューを開き、火照った体を冷ますために抹茶小豆サンデーを注文した。席に落ち着いて一息ついた途端、スマホがぶるぶると震えた。週末の着信なんて、トラブルの予感しかしない。キラはうめき声を堪えながら画面を睨みつけた。


案の定、怒りん坊フグのヨシからだった。


彼女は電話を無視した。


……


はぁ、しつこい。スマホが爆発するまで鳴らし続ける気だろうか。この男の辞書に「遠慮」という文字はないらしい。キラはため息混じりに通話ボタンを押した。いつもこうだ。


「今度は何ですか、社長?」キラはあからさまに嫌そうな声を出した。


「キラ、今東京の近くにいるか?」ヨシの問いかける声は静かだったが、キラの背筋にゾクリとした嫌な予感が走った。昨日のやらかしが、今もトラウマのように脳裏をよぎる。


「私、昨日の夜に何か変なメールでも送りましたっけ……?」


「あ、いや。そうじゃない。……ちょっと、頼みたいことがあってな。今、時間はあるか?」ヨシは珍しく少し歯切れ悪そうに言った。


……


キラは新宿行きの快速電車に飛び乗り、頭の中でぐるぐると考えを巡らせていた。あの綺麗な彼女とデート中のはずのヨシが、なぜ自分に頼み事などしてくるのか。キラは深いため息をついた。自分ほど男運も仕事運も悪い人間はいないのではないか。ただでさえ彼氏なしのシングルで、楽しみにしていたデートも直前でドタキャンされたというのに、今度は上司に呼び出されて別の女の子のための服選びに付き合わされる羽目になるなんて。まあ、呼び出された場所が若者向けの繁華街である以上、そういう用件以外に考えられなかったのだけれど。

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