消えた記憶と、ボスが不機嫌な理由
「これを飲みなさい」
運転席のヨシが手を伸ばし、ゴールドのキャップがついた茶色い小瓶を彼女に手渡した。
キラはそれを受け取り、怪訝そうに尋ねた。「これ、何ですか?」
ヨシはエンジンをかける前に、彼女にちらりと視線を向けた。「二日酔い防止ドリンクだ。ビタミンが豊富に入っている。頭痛も和らぐはずだ」彼は目の前のダッシュボードの上にある紙袋を指し示した。「胃を落ち着かせるために、何か食べておきなさい。現地に着くまで1時間半ほどかかる」
袋の中には、海苔できれいに巻かれた鮭のおにぎりが入っていた。
「ありがとうございます」キラはまだ戸惑いながらも、ボソボソとお礼を言った。「でも……私たちは一体どこへ向かっているんですか?」
「グリコピアちば。アイスクリーム工場であり、観光施設でもある。昨日君がプレゼンしたアイデアは、決して新しいものではない。ただ、グリコのターゲット層は、グラシアのそれとは完全に異なる。私たちの企画をまとめる前に、全体の縮図を見ておく必要があるんだ」
ヨシは駐車場から車を走らせながら、淡々と語った。
キラはおにぎりを一口頬張りながら、同意してうなずいた。まだ日本ではこういった実地調査をする余裕がなかったのだ。「でも、行くのは私たち二人だけなんですか、ヨシさん?」
大通りへ出ようとバックした車が突然ブレーキをかけ、キラは後ろにのけぞり、おにぎりを喉に詰まらせそうになった。
「昨日のことを、何も覚えていないのか、キラ? まるで上の空だな」
ヨシの不機嫌な口調と、どこか悔しそうで非難がましい視線に、キラは食べることすら忘れてしまった。彼女の脳はすぐに論理的な思考をすっ飛ばし、酔った自分がやらかしたであろう、最も破廉恥なシナリオへと突き進んでいく。自分は一体、何をしてしまったのだろう。そもそも、今日こうして調査に出かけることに合意した記憶すら怪しいというのに、昨夜どんなとんでもない大暴走をしてしまったのか。いっそのこと、ヨシに直接聞いてみるべきだろうか。キラが盗み見ると、ヨシの耳の先がすでに真っ赤に染まっていた。
「あ……あの……。こんなに早く実地調査に行くとは思っていなくて。その、私一人でも対応できますし、わざわざヨシさんの手を煩わせる必要なんてありませんから」
ヨシの眉が険しく寄せられた。今朝、彼の眉間に皺が寄るのを見るのはこれで二度目だ。
「君は、グラシアが我が社にとってどれほど重要な存在か、分かっているのか?」
キラはなぜそんなことを聞かれるのか分からず、「はい……どのくらい重要なんですか?」と口ごもった。
「グラシアは全米最大級のアイスクリーム企業だ。なぜ彼らが、うちのような小さなマーケティング代理店を選んだと思う?」
キラは沈黙し、ヨシの説明を待った。
「グラシアが本国アメリカでは巨人だとしても、電通や博報堂といった大手の優先順位リストに入れられれば、何百もの長年連れ添った既存クライアントの陰に隠れ、3番手や4番手の扱いに甘んじることになる。あちらでは、シニアディレクターが一度に少なくとも10個のブランドを抱えるのが普通だからな。しかし、うちのような小規模な代理店であれば、機動力と大胆なアイデアという強みがある。大手が3ヶ月から半年かけるプロジェクトを、私たちは1ヶ月で成し遂げられる。そして何より、グラシアのようなクライアントに対し、トップが直接、マンツーマンで全力を注ぐことができるんだ」
ヨシは赤信号で車を止め、さらに言葉を続けた。
「私たちは、単なる定型的な市場参入キャンペーンを提供するわけではない。日々のSNS運用、コンテンツ制作、コメントへの返信、危機管理、広告の追跡と最適化、次々と行われる小規模なキャンペーンから季節ごとの大型ローンチに至るまで、自分たちの実力をすべて見せる必要がある。たとえ彼らがこのコンセプトを他の代理店に持ち込んだとしても、これほど一貫して密着した包括的なパッケージは決して得られないだろう」
「この提携を確実なものにするためには、最初のステップを完璧に成功させなければならない。君のプライベートな時間が大切なのは分かっているが、この初期段階だけでも、もう少し集中してくれないか? この大仕事が片付けば、いくらでも代休を取ってくれて構わないから」
キラは、ヨシの長い説教をただ黙って聞き、一言も言い返せなかった。昨日から一度も文句なんて言っていないのに、なぜ彼は急にこんなに熱くなっているのだろう。
「はい、プロジェクトの大切さはよく分かっています……。でも、昨日の夜、私は本当に泥酔してしまって。もしかして、私、何かヨシさんに失礼なことを言ったり、怒らせるようなことをしてしまいましたか?」
「今度会社の飲み会がある時は、一滴もアルコールを飲んではいけない。いや、そもそもお酒自体を控えた方がいい」
ヨシの声には、明らかに怒りが混じっていた。キラは自分が何をやらかしたのか依然としてさっぱり分からなかったが、安全を期して、とにかく謝ることにした。
「すみませんでした……」
ヨシは、心底あきれ果てたというように重いため息を漏らした。「とにかく、その資料を読んで、今日何をすべきか確認しなさい。報告書を作成して、午後に私に提出すること。遊びに行くわけではないのだからな」
キラは安堵のため息をつき、先ほど渡された資料をパラパラとめくり始めた。そして、声に出さずに呟いた。――入場料、収益モデル、副次的な支出(ショップ、ワークショップ、レストラン)、限定商品。訪問者がどこで反応し、どこで写真を撮り、何に最も満足しているか。
「これ、いつ作ったんですか?」キラは、昨日の話題には触れないようにするという約束を完全に忘れ、思わず尋ねてしまった。「昨日の夜、ヨシさんもみんなと一緒にディナーに行きましたよね?」
ヨシは無表情のまま答えた。「林さんが作成したものだ。他の拠点のメモも入っている」
「林さんが?」
「ああ、昨日の夜、林さんから送られてきた。彼女は典型的な日本の会社員で、あまりストレートに意見を言うタイプではないが、非常に勤勉だ。君もこちらの働き方に、少しずつ慣れていった方がいい」
千葉へのルートは、首都高速道路を経て、やがて野田の郊外へと入っていった。目の前には堤防沿いの道が広がり、川沿いにはどこまでも続く菜の花の黄金色のじゅうたんが敷き詰められ、その上を満開の桜が覆うように、風に吹かれて花びらを優しく降らせていた。木漏れ日が車内へと差し込み、二人の間の重苦しい沈黙を柔らかく包み込んでいく。
キラのスマートフォンは、充電が1パーセントも残っておらず完全に息絶えていた。この瞬間を写真に収められたらどれほど良かっただろう。彼女はバッグの中を覗き込み、反応のないスマートフォンの黒い画面をそっと押した。
「後部座席のバッグの中にカメラが入っている。後での撮影はそれを使うといい」
キラはヨシを振り返り、それから後ろに目をやった。後部座席には、茶色のカメラバッグが置かれていた。「これ、ヨシさんが準備してくれたんですか?」
「君と仕事をするなら、このくらいの手間は当然必要になる」
キラは唇を噛み、絶対に言い返さないよう必死に耐えた。何しろ、昨夜ヨシをここまで不機嫌にさせた自分のやらかしを思い出すまでは、今日一日、借りてきた猫のように大人しくしていなければならないのだから。




