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2話 歌の価値

亜紀の周囲で、止まる拍手の音。



「えっ何故ですか!」


「ここからは、初心者教室じゃない、迷いながら心と体で答えを出せ」


孤児の俺は聖歌に救われた。



安っぽい言葉でも金でも手に入れらえない救済。


そこに技術なんてなかった。


1年生の男子は女子の顔色を伺う


「どういうことですか?急に」


「簡単だよ、彼女達とお遊びしたいならもう来るな」


男子はバツが悪そうな顔になる、彼はただモテたいだけだ。


「軽音部 名前は軽い、でもここは30年汚れた地獄なんだよ先輩共が足掻いた土台のな」




部室が凍る。



俺は兄貴分に教わったが、あいつは悩め 迷え 叫べしか言わなかった。


そこに地図なんて便利なものはない。



一年生たちは、黙りそして一人 また一人と



亜紀に視線を集めた。


「……今日はもう終わりにしよう」


亜紀が立ち上がりそれだけ告げた。


バタバタと楽器をしまい、帰り支度が進み、一年生たちは気まずそうに帰る。


残されたのは、ケースのベルベットから漂う緊張感だけ。



扉が閉まり


野良犬



ぞう囁き。


ヒソヒソと遠のく声




静寂。




「まず部長として謝罪するわ、でも」


亜紀が振り向いた。



スカートが揺れる。


その綺麗な顔が、冷たく横を向いた。


「なんであんな言い方したの」


彼女の声は、張り詰め、悲鳴が混じっていた。



肩で息をする亜紀を、俺はただ静かに見つめ返す。


「お前の指、震えてただろ」


「……っ」


「あいつらはお前の音じゃなくて、天才ピアニスト、湊亜紀に構ってもらいたいだけだ。それに付き合って、お前が潰れる義理はない」


「……でも私が部長なんだから、当たり前じゃない! みんながんばってるだけでしょ」


亜紀は唇を噛み、シンセサイザーの鍵盤に手をついた。


その背中は今にも折れそうなくらいに細く、震えている。


「部長じゃない、湊亜紀がな」



言いすぎなのはわかっている。しかし、パイプオルガンを子守歌にし、兄貴分の苛烈さに毒され、先輩共の匂いが消えたロックの廃墟で、俺は――。


言語化できない――何かを渡したい。


(あいつの本当の音は、あんな窮屈で震えたもんじゃない)


鍵盤に瞳を落とす彼女を見ながら、胸の奥で、あの曲が鳴り始める。


魂の奥底。


思い出すのは、あの日のステージだ。


▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱▱


去年 高校1年の8月


俺は、軽音部で学園祭の準備をしていた。


「部長、これ譜面余りました」


「あーそれ。わたしのスペシャル秘密兵器用」


去年の八月、夏休みの部室はうだるように暑かった。


音合わせが終わり、俺が楽譜を渡すと、当時の部長は面白そうに笑った。


ガラリ


扉が開き、現れたのは、埃っぽい部室にはどう見ても不釣り合いな美少女だった。


皺のない夏服。


1度ピアノコンクールか何かで表彰され校長に褒められた。


住む世界が違う、アンタッチャブルな存在『湊亜紀』。



「シンセのヘルプだ」と言って連れてきたのが、亜紀だった。



クラシックの規律でガチガチに縛られたピアノ少女。


作曲から何から俺たちに丸投げし、部長は面白半分で観察していた。


「……そこのコード進行、安易すぎない? クラシックの基礎から言わせてもらえば、音がぶつかり合って不快なだけよ」


「あ? 綺麗にまとまった音なんか聴きに来てんじゃねえんだよ。綺麗に歌えってんなら、他を当たれ」


譜面を机に叩きつける亜紀に、俺はギターを抱えたまま容赦なく言い返した。



お嬢様育ちの彼女の演奏は、メトロノームのように正確。

「そこは飛ばしたほうがいい」


彼女に付き合い古典な楽譜をなぞっていたとき、ふと疑問の1音があった。

「これは芸術的_」

「そんなもんシミだ 作者が落とした点をミスして印刷したんだろう飛ばそう」


亜紀が絶句する。こうして俺達は、溝を深めた。


要らないと思えば俺は、従わない。


疑いも持たずただなぞる正確さを競う作業は、ひどく退屈でしかない。



まるで疑わない、亜紀自体が、感情を殺されたロボットのように思えた。


そう俺は、地下のノイズでしか叫べない野良犬。


絶対に出会うはずのない二つの音を真っ向からぶつけて、どんな「共鳴」が生まれるか。



10日後




悪趣味で純粋な音楽の実験場は、今日も最悪だった。



「違います、音を外さないで」


ジャーン ジャッ ジャ


「そこ、休符の長さが正確じゃありません」


ギターを止め醒めた顔をする俺に感情を排した彼女の冷たい声が響く。


コンクール育ちの彼女にとって、楽譜は絶対の法律だ。


俺の感情任せのボーカルは、ただの「ノイズ」や「間違い」でしかなかった。


息が詰まるような練習、そして。


感じるノイズ。



「なんで外した」


俺も聖歌隊でピアノを聞く耳は、備えている。



今彼女の興味は、俺の音楽性に入り込みつつあった。


それは、まるで俺の音楽性を実験動物にしてるような冷徹さ。


「湊そこはもっと感情こめてラウドネスに弾け!」


だからこちらも容赦しない、そのたびに彼女は綺麗な眉をひそめ。


ただメトロノームの音と時計の針の音だけが響く。


前部長が「まあまあ」と。


缶ジュースを差し出してくるのが、毎日の決まりきった光景だった。


プシュッ


部長が置いた缶ジュースの熱い「おしるこ」を荒々しく飲み干す。

喉にはこれが一番効く。



対照的に、彼女はカバンにしまい、楽器を置き出ていく。


時間に正確な彼女には無かった行動。


「これでもう終わり、別の子でいいです俺」


暇つぶしのように、さっきの試すような彼女のノイズは正直気に食わない。


クーラーのない部屋で汗ばんだ長髪をすくう。


この無駄な作業は苦痛でしかない、さっきの沈黙が別れの挨拶だろう。


「いや違う彼女今から用事あるんだ お父さん関係?」


首を傾げ元部長は手を振り立ち去る。

「わたしも行くよ。遅刻するけど」

パタン


締まる扉。

部長の話では社の記念パーティで演奏するらしい。

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