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1話 無菌室の病原菌。

高校2年生 6月 梅雨


昨日22時まで鳴り響いた、骨を震わす地下ライブの熱。


目覚めた俺は、ありふれた学生でしかない。


外が明るい 7時。


古びたCDケースは、何度も開かれたせいで角が白く擦れていた。


俺は、ベッドの上に座り、歌詞カードをゆっくりと開く。


紙は黄ばんでいる。インクも少し薄れていた。


それでも、最初の一行だけは胸に刺さるほど鮮明だった。


帰る場所なんてなくても


声だけは嘘をつかない


兄貴分が昔出した、インディーズ時代のアルバム。


売れたわけでもない。


今では誰も知らない一枚だ。


歌詞の余白には、黒いボールペンで乱暴な字が並んでいる。


「音程より気持ち」


「客を見ろ」




「歌うな、叫べ」


俺は、ピックでなぞり、小さく笑った。


「相変わらず雑だな」


窓の外は曇っている。


カーテンの隙間から入る光は弱く、六月の朝なのに部屋は少し暗い。


テレビをつけると、情報番組が天気予報に切り替わった。


「午後から雨となる見込みです。夜には本降りとなるでしょう」


画面の隅に灰色の傘マークが並ぶ。


リモコンを置き、壁に立てかけたギターケースへ目を向けた。


牢獄の学園 アスファルトの日常は、何もなく。


軽音部で週3の活動、今日はその日で。


そして明日は、バイト。


その会場で、弾く演者ではなく。



地下のライブハウスで裏方のシフトが入っているだけだ。


ケーブルを巻き、アンプを運び、終われば床を掃除する。


それでも嫌いじゃない。


ステージ熱。


焼ける歌声、


ただその理由が、不純かどうか。


机の引き出しを開ける。


中には使い込んだUSB 一枚。


そして、子どものころから持ち歩いている小さな聖歌集。


角は丸くなり、表紙は色あせていた。


昔はその歌だけが世界だった。


今は違う。


歪んだギターも、割れそうなドラムも、地下に響く低音も好きになった。


兄貴分のせいだ。


「お前の声は正しすぎる」


そう言われて、初めて生のロックを、聴かされた夜を思い出す。


歌詞カードをCDケースへ戻し、立ち上がった。


制服に袖を通し、財布とスマホをポケットへ入れる。


最後にもう一度だけ、テレビを見る。


雨雲の予想図が画面いっぱいに広がっていた。



「降るなら降れよ」


誰に向けた言葉でもない。


玄関の扉を開けると、湿った風が廊下を抜けていった。


まだ雨は落ちていない。


けれど空は、その準備だけはもう終えているようだった。



◇◇◇



夕方の運動場から響く、泥臭い掛け声とホイッスルの音。


その喧噪が、開け放たれた窓から教室へと流れ込んでいた。


風が吹くたび、カーテンが揺れ。机の上に、校庭の金網の四角い影が、



消える



「あの、亜紀先輩! ここ、どうしても指が届かなくて……」



「先輩、こっちの音色はどうすればいいですか?」


音楽準備室、片隅の喧騒の中で。


新入生たちに囲まれ、困ったように眉を下げている女子がいた。


湊亜紀。二年にして軽音部の部長を務める、


シンセサイザー担当。


丁寧に切り揃えられた艶のある黒髪は、いかにも良家のお嬢様らしい気品を纏っている。


前まで軽音部は、違った。


鎖や血のプリントしたシャツが、散らばる音楽控室。


過去の先輩共は 地下ライブをぶちまけていたような原色で飾り。


このコンクリートの牢屋に「色」を被せたかったと思う。


そして俺もその風景に埋もれて育った。


しかし1月に入部した彼女は、それらを粗大ゴミにし1日で焼き尽くす。


無菌室になったこの部屋に、残ったのは俺という『病原体』だけ。


今はもう卒業した部長と俺2人だけの空間。


彼女が入部しなければ、消えた軽音部の歴史。


そもそも彼女は、およそ派手なシャツや汗の匂いが染み付いた。


軽音部には、似合わない。



「……順番に見るから、少し待ってね」


育ちの良さが滲む、

静かで、どこか張り詰めた声。


周りの一年生たちは、彼女のそんな無理に気づきもしない。


「ここはこう抑えて 弾くときは……」


喜ぶ女子と裏腹に、その指は震え亜紀本来の音は、寂しそうに室内に響く。



かくいう俺も2人の男女を教えている。


アコギを奏で 声をだした。



川辺を歩く 飼われる ノイズに問われ……。


負けなそうな心を 消したい



1節 歌い終わると 部員がパチパチと拍手し。


「すっごい!! 倍音ですね」


声を上げていた。


思わずカチンとなる。


(声がどうした 歌詞は、記号か?)


「今の歌は誰のですか?」


「さあ昔のインディーズだけど歌詞が好きなんだ」




彼女達に罪はない、ただ目の前の消費されるメディアに流され。


それをなぞり魅せる技術でマウントをとる。


そもそも俺とはいろいろ違う。




だが歪んだこの空間には。いつも疑問が湧く。


「先輩はどうして歌を?」


「生まれたときから」



亜紀達も遠目に こちらに耳を向けていたが、今軽音部は、ボーカルとそれ以外に分かれている。


4月に亜紀が変えた空気は、6人の新入生になり、部も体裁を整えたが。


今のここは部活ではない、ただの傷の舐めあいと依存。


いい頃合いだろう。


「全員出ていけ!」


俺の声は亜紀のピアノの、音の残響と共に、静かに響いた。

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