陛下お忍びでヤマタニランドへ①
第24話 陛下お忍びでヤマタニランドへ①
王城、執務室にて、国王と宰相が話していた。
高い天井。重厚な扉。分厚い絨毯が足音を吸い込み、外界の喧騒を遮断している。
窓の外には、規律正しく整えられた王都の街並みが広がっていた。
机の上には書類が山のように積まれ、王としての日常がそこにある。
だが――
「わしはヤマタニランドに行きたい。」
国王陛下はいきなり宰相に、こう切り出した。
「……は?」
宰相は筆を止め、ゆっくりと顔を上げる。
聞き間違いかと思ったが、国王の表情は冗談を言うそれではない。
「ヤマタニランド、でございますか?」
「そうじゃ。」
国王は迷いなく頷いた。
「いやしかし、あの様な場所何があるかわかりません。危険です。」
宰相は即座に否定に入る。だが、それは義務のようなものだった。
「あの者は立派に村を再生し、工場を作り注文のトラックも順調に生産している。」
国王はまるで報告書を読み上げるかのように、しかしどこか楽しげに続ける。
「工場地帯も見学ツアーをやり、今では外輪船や汽車やバスが走っているというではないか!」
「夜は宝石の様に明かりが輝き、テーマパークは盛況だと言う。」
言葉に熱が宿る。
それは単なる好奇心ではない。
“国を見る者”としての興味だった。
「さようではありますが、陛下が行くような場所ではございませんぞ。」
宰相はあくまで冷静に返す。
だが――
「あの者は大盗賊を退け、街道を封鎖した魔物も何度と無く撃退している。軍事力では安全だろう?」
「確かにそのようですな。」
否定できない。
「しかも国を発展させる要素が、満載されている場所をこの目で見て何が悪い?」
「…………。」
宰相は沈黙する。
止める理由はある。
だが、止める根拠は弱い。
そして――
「わしは行くからな。」
決定だった。
「はぁ。では万全に支度をいたしましょう。」
「いやいや、仰々しく行くつもりはない。しのびで通常の状態で見たいんじゃ。」
その一言で、すべてが決まる。
「……承知いたしました。」
宰相は深く息を吐いた。
(止められぬ。ならば、せめて最善を尽くすのみ。)
こうして、おしのびで国王陛下はヤマタニランドへ行く事となった。
◆
数日後。
国王陛下と宰相、親衛隊は下級貴族に扮装し、ヤナーク街の駅へとやって来た。
朝の空気は冷たいが、駅は熱気に包まれている。
商人、旅人、労働者、家族連れ。
誰もがどこか楽しげで、期待に満ちた顔をしていた。
「……人が多いのぅ。」
国王が周囲を見渡す。
「はい。ヤマタニ領へ向かう者が増えております。」
宰相が答える。
視線の先――
白い蒸気を吐き出しながら、巨大な鉄の塊がそこにあった。
「おぉー。これは凄い。これがあの蒸気機関車か?」
国王の声は、もはや隠しきれないほど弾んでいた。
「いつの間に、この様な物を作って走らしたのか?」
「はい。男爵になった年に走らしていた様です。」
「しばらく会わない間に、あの者はこの様な楽しそうな物を…。」
その言葉には、わずかな悔しさと、強い興味が混じっている。
鉄の塊は、ただの乗り物ではない。
国を変える“力”そのものだ。
やがて発車時刻。
「ピィーー!」
鋭い汽笛が空気を震わせる。
「シュー。ボーー」
蒸気が噴き出し、
「ガチャリ、シュー、ガチャ」
機械音が規則正しく響く。
ゆっくりと――しかし確実に、列車は動き出した。
「おい見たか宰相。汽車が動き出したぞ!」
国王は思わず窓から身を乗り出す。
「陛下窓から身を乗り出しては、危のうございます。」
親衛隊長と宰相が慌てて引き戻す。
「いやぁ~この蒸気機関車は見事だ。」
国王は満足げに頷いた。
その顔は、まるで少年のようだった。
だが――
ヤナーク街の駅から、あっという間にサンブレロ街に到着する。
「……もう着いたのか?」
「はい。」
「わしはまだ乗っていたい。もう1周するぞ!」
「しかし時間が…。」
「かまわん。これも国家にかかわる視察だからのぅ。」
(どう見ても娯楽だ。)
周囲はそう思ったが、誰も口にはしない。
再び走り出す汽車。
今度は景色を見る余裕がある。
「おぉ。いつの間にか水路が出来ている。あの船が外輪船が?」
「あれは漁船ですね。外輪船はもっと大きくて、横に水車がついています。」
「そうかそうか。あっちの煙突から煙が出ているやつか。」
「はい。さようです。」
国王は満足そうに頷き、しばらく見入っていた。
やがて反対側の窓へ。
「あの丘の上がヤマタニの城か?」
「はい。ヤマタニ屋敷、ヤマタニ舘などと呼ばれていますね。」
「簡素だが、なかなか良い城ではないか。」
その評価は、単なる感想ではない。
“統治者としての目”だった。
さらに進むと――
巨大な構造物が視界に飛び込んできた。
「おぉ!なんじゃあれは!高い場所から低い場所まで一気に走る乗り物は!!」
「はい。あれはジェットコースターという乗り物です。」
「凄いな。」
「あの巨大な輪は何じゃ?」
「あちらは大観覧車です。」
「奇妙な乗り物じゃのー。」
だが、その目は完全に輝いていた。
◆
やがてテーマパークに到着する。
しのびで来ているため、一般客と同じ列に並ぶ。
「……並ぶのか。」
「はい。」
「面白い。」
国王はむしろ楽しんでいた。
やがて入場。
「これがヤマタニランドか。花壇があったりなかなか見事じゃ。ワクワクするのぅ。」
園内には音楽と笑い声が満ちている。
人々の顔は明るい。
王都とは違う活気。
「……生きておるな、この場所は。」
国王がぽつりと呟く。
その一言に、宰相は何も言えなかった。
陛下が売店を見たり、あちこちの店舗や建物を見て回る。
親衛隊は振り回されながらも必死に護衛する。
◆
まず観覧車。
「観覧車は常に動いてます。速やかに乗り降りして下さい。」
係員の声。
陛下はやっとゴンドラに乗り込んだ。
「何だか忙しい乗り物じゃな。」
「まったくです。」
だが――
上昇する。
視界が開ける。
街が一望できる。
人が小さく見える。
道路にはバス、水路には船。
すべてが動いている。
「……なんていい景色なんだろう。」
自然に言葉が漏れた。
誰も返事をしない。
ただ、見ていた。
自分の国の一部が、ここまで変わっているという現実を。
あっという間に一周。
だが、誰もすぐには動かなかった。
◆
次――
ジェットコースター。
結果。
「なんじゃあの乗り物は?臓物がひっくり返ったぞ。」
「恐ろしい乗り物だ。」
だが――
「……楽しいな。」
「ええ……。」
笑っていた。
◆
メリーゴーランド。
「わしは馬はよく乗っているから、これは見送る。」
「しかし、キラキラしていて美しい乗り物じゃ。」
音楽が流れる。
「この音楽は誰が演奏しておる?」
「こちらは蓄音機で音楽を鳴らしておりまして、演奏者はおりません。」
「何と!?」
「なんじゃと!?」
驚愕だった。
◆
展示施設。
少女の案内。
蒸気自動車の説明。
体系的に理解できる構成。
「やはりヤマタニは只者ではないな。」
「そうですな。」
◆
昼食。
レストラン。
フルコース。
「簡素だが、なかなか美味であった。」
「温かくてなかなかでしたな。」
アイスクリーム。
「うむ。満足した。」
◆
食後。
静かな時間。
「やはりヤマタニは只者ではないな。」
国王が言う。
「そうですな。国の為にもっと働いてもらいましょう。」
宰相が答える。
だが――
国王は首を振る。
「違うな。」
「使うのではない。」
「活かすのだ。」
その言葉には、確かな意志があった。
楽しいだけでは終わらない。
この視察は――
国の未来に繋がる。
国王は窓の外を見る。
笑う民。
動く街。
広がる光景。
(これが……これからの国の姿か。)
静かに思う。
こうして――
陛下一行のヤマタニランドしのび視察は、
まだ終わらない。
午後へと続く。
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