情報屋バグリー
第19話 情報屋バグリー
ヤマタニが館で寛いでいると、執事長が静かにやって来た。
「旦那様、情報屋のバグリーという男が参っております。“取っておきの情報がある”と申して、面会を望んでおりますが……いかがなさいますか?」
「情報屋?……何か胡散臭いな。」
ヤマタニは眉をわずかにひそめた。
これまでにも、甘い言葉で近づいてくる者は少なくなかった。
中には、金をせしめるだけの輩もいる。
「追い払いますか?」
執事長は淡々と問いかける。
「いや、話だけでも聞いてみるか。」
ヤマタニは椅子から腰を上げた。
こうした手合いも、時に本物の情報を持っていることがある。
見極めるのもまた、経験だ。
やがて応接室へ通されると、一人の男が静かに立ち上がった。
「お初にお目にかかります。情報屋バグリーと申します。」
年の頃は三十前後。
身なりは質素だが、どこか隙のない雰囲気をまとっている。
「自分がヤマタニだ。……それで、“取っておきの情報”とは?」
「はい。――ヤマタニ様を陰で狙っている者がおります。その人物についてのお話です。」
「陰で狙っている人物?」
ヤマタニは怪訝そうに目を細め、バグリーを観察する。
その言葉に嘘は感じられない。だが、真実とも断言できない。
「ここからは商売でして……。」
バグリーは軽く手を擦り合わせ、含みのある笑みを浮かべた。
「いくら払えばいい?」
「金貨一枚ではいかがでしょう?」
決して安い額ではない。
だが命に関わる話であれば、むしろ安いとも言える。
「それが本当なら払おう。」
「では、こうしましょう。」
バグリーは一歩踏み込み、落ち着いた口調で続ける。
「話した内容が真実であれば、後ほど料金をお支払い下さい。もし嘘や誤りがあれば、代金は不要で結構です。」
「私が証明しても、完全に信じていただくことは難しいでしょう。ですので、ヤマタニ様ご自身でお確かめ下さい。」
「もし今後ご贔屓にしていただけるのであれば、“女神の雅亭”という店にお越しくださいまし。」
「……分かった。」
この男、手慣れている。
貴族相手に臆する様子もなく、自然に主導権を握ろうとしてくる。
――自信があるからこそ、か。
ヤマタニはそう判断した。
ふと、机の引き出しを開け、金貨を一枚取り出す。
それをそのまま、バグリーへ差し出した。
「……よろしいのですか?」
一瞬、バグリーの目が見開かれる。
「貴族相手に騙そうものなら、死を覚悟するだろ?」
「ククク……ヤマタニ様は、思っていた以上の御方だ。」
バグリーは愉快そうに笑い、金貨を懐へと滑り込ませた。
その仕草一つにも、妙な余裕がある。
「では、お話ししましょう。貴方の命を狙う者は数多くおりますが――その黒幕を。」
部屋の空気が、わずかに張り詰める。
「その名はアークガイル。人身売買を生業とする闇の商人です。」
「……人身売買か。」
ヤマタニの視線が鋭くなる。
「この者は決して自ら手を下しません。常に誰かを動かします。配下や取引相手を使い、表に出ることはない。」
――なるほどな。
俺は人を救い、あいつは人を売る。
「真逆、か……。」
「ええ。そしてヤマタニ様は、知らぬ間に彼の商売を妨害している。」
「孤児を守るために配った防犯具、捕まらないための指導……それらすべてが、彼にとっては目障りなのです。」
思い当たる節はいくつもあった。
助けた子供たちの顔が、脳裏に浮かぶ。
「……そうか。」
ヤマタニは低く呟いた。
「バグリー、お前の情報はなかなかだ。今後も贔屓にしよう。」
「それは光栄にございます。」
バグリーは丁寧に一礼する。
しかしその顔には、どこか含みのある笑みが浮かんでいた。
「ですが――お気をつけ下さい。」
「アークガイルは、用意周到な男です。狙った獲物は、時間をかけてでも必ず仕留める。」
一瞬の静寂。
そして、バグリーはわずかに声を潜めた。
「……すでに、動き始めている可能性もございます。」
その一言が、空気を凍らせた。
ヤマタニは何も言わず、静かに目を細める。
――視えない敵。
――姿を現さぬ黒幕。
だが確実に、自分を狙っている何かがある。
静寂の中、遠くで風が鳴った。
その音さえも、不吉な予兆のように感じられる。
(来るなら来い……。)
ヤマタニは心の中でそう呟く。
だがその時、彼はまだ知らなかった。
この選択が、さらなる厄介事を呼び込むことになるということを――。
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