サマルカンド
「これはなかなか見事だな……」
隣に立っているメテムが呟く。
僕も何かを言おうと思ったのだけれど、なかなか上手い表現が出てこなかった。
それほどまでに、僕らの眼前にあるレギスタン広場は見事だった。
ウズベキスタンの首都サマルカンドは、サマルカンド・ブルーという呼称がついている。
まさに天が与え給うた鮮やかな青色の街ということだ。
そしてその中心に位置するサマルカンドを代表するレギスタン広場は、それは本当に見事な色合いだった。
「私も様々な世界、数多くの街を見てきたけれど、こんな青が鮮やかな街は記憶にないな」
その様子から、流石のメテムも感服したようだ。
「まあ旅人が行き交う場所だからね」
「そうなの?」
「うん、この辺りはかつてシルクロードと呼ばれていたんだ。貿易の道でね。その間にある一大拠点がここサマルカンドなの」
「なるほど、流石にそういうだけはあるな」
「メテム、あそこにカフェがあるからとりあえずユックリしない?」
僕はレギスタン広場にあるカフェを指さしながら提案した。
「お、なかなか気の利いたところにあるじゃないか。よし、ゆっくり座ってこの素晴らしき街並みを眺めようじゃないの」
そう言って僕らはカフェに入った。
中央アジアのカフェとは言えど、世界共通のコーヒーぐらいはどこにでもある。
中近東まで行くとトルココーヒーなるものに変わるようだけれど、流石にウズベキスタンにはまだなかった。
僕とメテムはコーヒーを頼み、そして口が寂しいのでクッキーを一袋買った。
ゆっくりとお茶をしながら、レギスタン広場と、そして行き交う人々を眺める。
顔の造形が若干違うとは言え、根底にある精神は変わらない。
そして彼らにとってこの国の住心地が良いのは、表情をみたらすぐ分かる。
皆笑顔を浮かべながら、すれ違う人に挨拶をし、リラックスしていた様子で歩いていた。
そんな調子で僕がゆっくりしていると、隣にいるメテムがなにかに気づいたように声を上げた。
「おい、ユウキ。あそこ見てみろ」
釣られるようにして指す方を眺めると、レギスタン広場の一角のモスクとミナレットがあった。
「あそこ、入れるみたいだぞ」
「え?まさか、それはないでしょ」
「いや、なんか警備員が隠すようにしてササッと人を入れてた」
「本当?」
「ああ、ちょっともう少し様子を伺おう」
メテムがそう言うので、僕たちはしばらくミナレットに注視していた。
確かに入り口には警備員がいるのだが、サマルカンド・ブルーを代表する世界遺産、レギスタン広場のミナレットに登れるのだろうか。
それこそ国で一番の宝物なのに。
そう訝しがっていたら、ミナレットから旅行者の格好をした若者が二人出てきた。
そして隠れるようにして警備員に何かを渡し、去っていった。
「ほらみろ、ユウキ、あそこ登れるぞ」
「間違いないね、僕らも行ってみよう」
そう言って僕たちはカフェを後にした。
「夜明けを見たいなら一人20ドル。今の時間なら一人10ドル」
警備員が僕たちにこっそり耳打ちをした。
そして続けざまに言う。
「お前ら、これはシークレットビジネスだ。誰にも言うんじゃないぞ」
その言葉を聞いて僕とメテムは思わず肩をすくめた。
なんてことはない。
賄賂を渡したらこっそり入れてくれる、それだけの話だった。
「メテム、どうする?」
「お前な、一人20ドルっつったら、二人で40ドルだぞ。そんな大金一々払ってられるか」
「でもこんな機会滅多にないよ」
「それはわかってる。見るしか無いだろ」
「じゃあ、明日の朝二人分払う?」
「バカ、そんな阿呆なことできるか」
「どうするの?」
「お前な、私を誰だと思ってるんだ?」
メテムはそう言うと、ニンマリと笑った。
--
翌朝、僕たちは朝の5時に起きて、まだ暗い中にレギスタン広場へと向かった。
広場は一応チケットを買う必要はあるけれど、ロープでしか区切られていないので、実質誰でも入り放題だ。
だが、問題のミナレットを見ると、やはり人影らしいものが見える。
「メテム、やっぱ警備員いるよ。どうしよう」
僕は弱々しくメテムに尋ねた。
「ふふふ、任せろ」
そう言うとメテムはカバンから魔法書を取り出した。
そして左手を自分の胸に置く。
「インビジビリティ」
メテムが一言呟くと、途端にメテムの姿がその場から消えた。
「え? メテム?」
驚きながらメテムがいた場所に手を伸ばすと、何やら柔らかい感触が手に残った。
「馬鹿野郎。お前どさくさ紛れにどこ触ってるんだ。エロ助」
声が聞こえたと同時に僕の手が払われる。
「姿ぐらい隠せるさ」
どうやらメテムが言うように魔法で姿を消してるようだ。
魔法は何度も眼前で見たが、今回のは流石に驚きを隠せない。
「メテム、すごいね……」
「ふふふ、お前も消すから動くなよ」
そう聞こえたと同時に僕の胸に何かが触れた。
おそらくメテムの手だろう。
そしてまた先ほどと同じ魔法の言葉が聞こえた。
すると、自分自身の足や腕、そして手や胴体などが空中にかき消えていった。
「うわ、ちょっと、これどうなってるの?」
自分自身の体の感覚はあれど、体そのものは見れない。
手は動くけれどそこに手はみえないし、足は進めど足はみえない。
なんとも言えない不思議な感覚がそこにあった。
「よし、ユウキ、行くぞ。手を握ってついてこい」
空中からメテムの声が聞こえると同時に、僕の手がミナレットへと引っ張られた。
ミナレットが近づくと、警備員が巡回していた。
「……メテム、大丈夫かな」
「任せろ。私の魔法は完璧だ。ただ音は聞こえるから足音に気をつけろ」
そう言われ、まるで泥棒のように僕たちは静かに警備員の前を進んだ。
心臓がバクバクと音を鳴らしながらも無事通過した僕らだったが、問題はもう一つあった。
扉に鍵がかかっていて、入れないのだ。
「……メテム、駄目だ。諦めよう」
僕が小声で話しかける。
するとメテムの強めの声が聞こえた。
「私を舐めてもらっちゃ困るな。こんなもん、なんでもないさ」
そう言うと何やらガサガサとカバンを漁る音がした。
そしてしばらくすると呟きが聞こえる。
「アンロック」
メテムの声と同時に、扉の鍵から「ガチャリ」という音がした。
「ふふふ、君の心にアンロックってやつだな。よし、開いたぞ。入れ」
警備員に気付かれないように30センチほど隙間が開かれた扉に、後ろから押し込まれるように僕はミナレットへと入った(多分後ろから蹴られたのだろう)。
ミナレットに押し込まれると、そこは真っ暗な空間だった。
なんとか隙間から溢れる明かりで中を把握しようと思ったが、後から続いたメテムがすぐに扉を閉じたため、そこには完全の暗闇だけが残った。
「ナイトサイト」
すぐさまメテムの呟きが聞こえる。
同時にミナレットの中が昼間の太陽の下のように明るくなった。
「よし、全て恙無く上手くいったぞ。ユウキ、あとは登れ」
その声におされるようにして、僕はミナレットを進んだ。
レギスタン広場のミナレットは建築してから相当経ってるようで、中はヒヴァのミナレット以上にボロボロだった
視界を手に入れたとは言え、一歩一歩がなかなか難儀だったが、なんとかして僕たちは屋上へとたどり着いた。
レギスタン広場の屋上は、トタン屋根になっていて、モスク全体が歩き放題になっていた。
結構な広さがあり、眼下に広がる景色が一望できる。
「メテム、これすごいね」
僕がそう言うと、隣でいつの間にか姿を現していたメテムが胸を張った。
「そうだろう、そうだろう。こんな景色は私がいないと見れないぞ。はっは」
得意げに言うメテムだったが、確かに今回だけはメテムがいないと見れることはないだろう。
それだけ素晴らしい景色であり、そして体験だ。
「つかユウキ、隣見てみろよ」
メテムに釣られて見てみると、モスクの天井には新たに小さな塔がつけられていた。
「あれは何かな」
「知らん、大方見張り台とかだろ。よし、登ってみよう」
そう言いながら見張り台らしく塔に近づく。
扉を開けて中を見ると、ミナレット以上に狭い。
「メテム、駄目だ。ここは確実に一人しか入れない」
「ふむふむ。やっぱ見張り台だな。ユウキ、お前は中から行けよ。私は上から行くから」
メテムがそう言うので、とりあえず僕だけが入ってみることにした。
ボロボロの扉を開け、ボロボロの階段を登る。
メテムの魔法で明るいとは言え、これだけ狭いと本当に登りづらい。
イメージ的には銭湯の煙突を登っていく感じだ。
ある程度進むと、天井に着いた。
が、そこからは行き止まりになっている。
どうするのだろう。
天井をチェックしてみると、四角い蓋のようなモノがあることが分かった。
もしかしたらここから頭が出せるのかもしれない。
僕は蓋を上に持ち上げて、顔をそこから出した。
「お、やっと来たか。ユウキ、ここ凄いぞ」
狭い空間から見えた景色は、いつもの赤毛のやんちゃな女の子が待っていた。
見張り台の縁に器用に腰掛けている。
「メテム、どうやって来たの?」
「ん? だから言ったろ。魔法でジャンプして上から来たんだよ」
「……それ、僕もそうしたかったんだけど」
「はっは。まあほらお前、外見てみろよ、外」
促されるままに外の景色を覗く。
するとちょうどよい朝焼けが僕たちを迎えてくれていた。
「綺麗だねえ」
「そうだな、見事だなあ」
朝焼けが少しずつ上り、街に明るさが戻ってくる。
茶色いレンガの街並みに色がついていくのは、それは素晴らしいものだった。
「これが千年以上続いてたんだね」
「そうだな、それこそ数多くの歴史が太陽と共にあったんだろうな」
僕はレンガに腰掛けたメテムの手を握り、しばらく朝焼けを眺めた。
--
「良い国だったな、ここ」
「そうだね、僕もはじめての中央アジアだけど、大分気に入ったよ」
「プロフは美味いし、人も優しいし」
「うんうん」
思わず体全体で同意してしまう。
「次はどこだ?」
「お次はヨルダンってとこ」
「夜? ダン? 暗いのか?」
「暗くない暗くない。というか二国目でなんだけど、もう一番のハイライトかもしれない」
「そうなの?」
「うん、ペトラ遺跡っていう素晴らしい遺跡があるんだ。街全体がローズシティって形容されてるんだよ」
「へえ、ブルーの次はローズか。そりゃ楽しみだ」
「うん、旅はまだまだ始まったばかり。楽しんでいこう」
「よしゃー!」
そう言うとメテムは右腕を大きく宙へ上げた。




