ヒヴァ
今回の旅は中央アジアのウズベキスタンから始まる。
東京からソウルを乗り継いでウズベキスタンのタシケント入りした僕らは、その足でヒヴァという街があるウルゲンチへ飛行機で向かった。
ヒヴァにあるイチャン・カラという区間が最初の目的地だ。
フライト時間は計十時間弱。
途中トランジットが若干タイミング合わなかったが、長旅に慣れてる僕たちにはさしたるものではなかった。
イチャン・カラに着いたらホテルへチェックインして、すぐさま僕たちは観光を始めた。
「おー、こりゃ見事な景観じゃないの」
街を見て第一声をメテムが上げた。
「こういったタイプの街は僕たち行ったことがなかったからね」
「この壁、全部レンガ作りなのか」
メテムが壁を触りながら言った。
その言葉通りイチャン・カラはレンガの街だ。
中央アジアでは割とポピュラーな作りなようで、大体がこうなってるみたいだ。
街全体が黄土色で染まっており、日本人の僕にはなかなか見ごたえがある。
「しかしあれだね、遊牧民はいなそうだね」
「遊牧民?」
僕がそう言うとメテムは素っ頓狂な声を上げた。
「お前さ、多分情報を勘違いしてるぞ。ここほら草が無いから羊だの馬だのを飼って遊牧するのは無理だぞ」
「そうかもね。多分やキルギスタン辺りならいるのかな」
「やれやれ……」
メテムが肩をすくめた。
遊牧民がいなくても、レンガの街を歩くのは楽しい。
イチャン・カラ自体小さな場所なので、端から端まで歩いても十分程度で着く。
狭い故に治安は抜群に良いらしく、地図を見ないで迷っても楽しめる。
「ハーイ!」
僕が街の様子を楽しんでると、メテムが街の人々に愛想を振る舞っていた。
その先にはこれまた嬉しそうにメテムに挨拶を返す若い女の子が見える。
「君はどこにいても明るいね」
「ふふ、この街の人は皆意外に陽気なんだな。もっと落ち着いてるのかと思ったよ」
「多分さ、この街の人は外国人をあまり見たことがないんだよ。それも……」
「それも?」
「君みたいに色白で髪の毛が真っ赤な人は尚更だろうね」
僕がそう言うと、メテムは嬉しそうに軽やかなステップを踏んだ。
「おい、あれはなんだ?」
メテムが眼の前に見えた塔を指した。
「あれはミナレットだね」
「ミナレット?」
「塔の事。イスラム教の街にある宗教施設だよ。塔の上からはイスラム教の人に礼拝を呼びかけるんだってさ」
「お前、何知った風に言ってんだ。そのガイドブックに載ってるだけだろ」
「……」
「まあいいや、とりあえず登ってみよう」
「あれは僕らでも登れるのかな。イスラム教の人じゃないと駄目じゃない? そもそも一般人が入れると意味がないと思うけど……」
「まあ駄目なら駄目で考えるさ」
そう言うとメテムはミナレットへと向かった。
幸いなことにミナレットには一般人も入れるようだ。
入り口で6000スム(200円)を支払い、僕たちは中に入った。
「ちょっと、メテム、気をつけてよ」
僕は先に進んでいるであろうメテムに声をかけた。
「ん? 何を言ってるんだ? 何に気をつけるんだ?」
「何をって……」
そう言いながら僕はボロボロになっているミナレットの壁を触った。
入ってみて分かったのだが、はるか昔の建物故に、中は真っ暗、段差はバラバラ、おまけに階段は狭くてボロボロという有様で、とても上手く登れる代物ではない。
しかも地味に高く、登れども登れども一向にたどり着かない。
正直メテムさえいなければ諦めて帰るレベルの代物だ。
しかしそんな僕のことを知らないのか、はたまた夜目が効くのか、メテムは軽やかに登っていた。
「おーい、凄いぞー早く来いよー」
遥か頭上で呑気な声が聞こえる。
あの口ぶりからしておそらく最上階までたどり着いたんだろう。
僕はもう手が汚れるのを気にせず、四つん這いになりながら必死で登った。
「お前なあ、たかだかこんな塔で何を死にそうになってんだよ」
なんとか登り終えた僕に、メテムの冷酷な声が待っていた。
「だ、だって、ここ、暗くて、階段もズタボロで、高くて……もう死にそう」
そういうと僕は床にへたりこんだ。
「ったく、だらしないな。ほら、景色見てみろよ。ワンダホーだぞ」
メテムの声に釣られるように、僕はなんとか外を覗き込んだ。
「おー、確かにすごいね。街が一望できる」
「そうだな、見事なまでのレンガ街だな」
「うんうん、こんなのは見たことがないよ」
「悪くないな。ほら、登って良かったじゃないか。こんなのが観れるなんて」
「そうだね、地味に階段がボロボロできつかったけど……ははは……」
僕は力なく笑った。
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「ウズベキスタンにはチャイハネってのがあるんだ」
「チャイハネ?」
僕がそう言うと、メテムは不思議な顔を向けた。
「まあ僕らでいうところのカフェだね。休憩所だよ」
「どう違うんだ?」
「うーん、コンセプトは一緒だけど、何やら特徴的な感じらしい。小さな小屋があるっぽいよ」
「小屋?」
「うーん、分からない。とりあえず街を見てみようか」
そう言うと僕たちはイチャン・カラを歩いた。
「お、ユウキ、あれだろ。あの小屋の事言ってんじゃないか?」
メテムが何やら見つけたようで指さした。
確かにその先には小さな小屋が沢山ある。
そして受付に女性がいることから、間違いなくあれがチャイハネだ。
「これは見事だな」
メテムはそう言うとサンダルを脱ぎ散らかし、チャイハネ小屋へ入った。
僕も靴を脱いで続く。
絨毯が敷かれ、クッションがあり、天蓋もある為、中はずいぶん居心地が良い。
猫のように体を伸ばすメテムを横目に、僕も疲れた足を自由にさせた。
「何になさいますか?」
僕らがチャイハネで寛いでいると、受付の人が注文を聞きに来た。
「メテム、何が食べたい?」
そう問いかけると、メテムはこちらを振り向きもせず、何やらカバンをガサゴソ漁っていた。
「何でも良いよ。お腹減ったから食べるものがいいなあ。この土地の名物の変わったやつ」
メテムの意見を聞き、僕はウズベキスタンで食べたかった名物料理を2つほど頼んだ。
受付の人は笑顔を残し、厨房へと向かっていった。
「しかし疲れたねえ。歩いたもん」
僕が寝転がりながら、隣りにいるメテムに話しかけた。
しかし返答はない。
「でもウズベキスタン料理って食べてみたかったんだよね。美味しいらしくて」
続けて話しかけたが反応はなかった。
一体どうしたのか。
そう思って隣を見ると、メテムはこちらに背を向け、足に手を当てていた。
「……ヒール……」
メテムの小さな声が響く。
するとメテムの手に光が集まり、そしてそのまま足を包み込んだ。
「ふぅ」
一瞬の間をあけると、メテムが一息発した。
同時にリラックスした表情を浮かべる。
が、僕に見られたのを察すると、しまったというような表情に変わった。
「メテム、今魔法使ったでしょ」
「つ、つかってないぞ。お前何を根拠にそんな事言ってるんだ?」
「だって魔法書持って何かつぶやいてたもん」
「つぶやいてないって。風の音だろ。ほらここ、風ビュービュー吹いてるし」
「吹いてないって。どこに風があるのさ。というかヒールって言ってたよね」
「言ってない言ってない。ビールって言ったんだよ。ビール飲みたいって」
「嘘だ。ヒールって回復って意味でしょ。メテム疲れたから自分にだけ足に魔法かけたんだ」
「馬鹿野郎。そんな事してないぞ。お前証拠あるのか?」
「足光ってたよ」
「知らない、知らない」
そう言うと、メテムは何もなかったかのように魔法書を片付けた。
僕は思わず天を仰ぐのだった……。
「おまたせしました」
受付の人が置いた皿には、色のついたご飯が盛られ、その上に肉が乗せてあった。
間違いない、ウズベキスタン料理のプロフだ。
「なんだこりゃ」
「メテムこれはね、プロフって言うんだ」
「プロフ?」
「人参と肉をいれた炊き込みご飯」
「ほうほう、それは美味しそうだな。どれ、食べてみるか」
そう言うとメテムはスプーンで豪快にプロフを口へ運んだ。
「ふむ」
モグモグと口を動かすメテム。
僕も後に続いてプロフを口に入れた。
初めて食べるプロフは、柔らかい味だった。
肉を入れてると聞いていたのでもっと脂っこいのかと思ったら、結構スッキリした味わいで、見た目とのギャップがある。
「脂が強いわけでもないんだな」
メテムもどうやら同じことを思ったようだ。
「でも美味しいね」
「うん。ありあり。肉も柔らかいしな」
そう言うと僕たちは次々と口へ運んだ。
プロフを食べていると、新しい料理が届く。
なんだか茹でた小籠包に白いソースがかかっている。
「これは?」
メテムが不思議そうに聞いた。
「マンティだよ。小麦粉の中に香辛料の効いた羊肉が入ってて、それを蒸してるんだって」
「ほうほう」
そう言うとメテムはソースが気になったのか、小指を皿のソースに浸し舐めた。
「お、これ、ヨーグルトソースなのか」
どうやら味が気に入ったらしい。
メテムは笑みを浮かべ、マンティを口に運んだ。
「お、これイケるぞ。ヨーグルトソースが上手く香辛料の強さを打ち消して、旨みだけを残してる。それでいて羊肉のジューシーな部分を感じる」
そう言うと、勢いよく二つ目、三つ目を口に入れた。
「まってまって、僕の分がなくなる……」
慌ててなんとか一つを確保し、僕も口に入れる。
最初に香辛料の強い味が広がり、そしてメテムの言う通りヨーグルトソースがそれを抑え込む。
独特の味わいだったが、確かにこれはこれで旨い。
本来なら臭みのある羊肉を、流石に上手く消している。
僕が味わっていると、メテムは最後の一つをまた口に入れていた。
「旨い旨い」
「ちょ、僕まだ一個しか食べてないんだけど……」
五個の内、四個を胃に収めたメテムは上機嫌だった……。
「会計幾らだった?」
支払いを済ませた僕にメテムが聞く。
「24000スム。800円だね」
「まあ飲み物を入れるとそんなもんか。でもうまかったな」
「……メテムが大半食べてたけどね」
「はっは」
お腹をさすってメテムが笑う。
「ん、ユウキ、あれはなんだ?」
メテムが街の片隅を指す。
そこには何かを売ってる屋台があった。
「メテム、まだ食べるの?」
「いいじゃないか、行ってみよう」
近づいてみると屋台はどうやら串焼き屋のようだ。
沢山の肉が串に刺さって置いてある。
「食べてみるか」
そういうとメテムはお店の人に話しかけた。
お店の人はメテムと会話し、笑みを浮かべながら対応していた。
「何選んだの?」
「ん、分からんから適当に旨いもの焼いてくれって伝えたよ」
「そんなズボラな……」
「まあそれが一番さ。というかどうやって食べるんだ。串のママかぶりつくのかな」
「さあ、それは流石にワイルド過ぎない?」
「そうだなあ」
不思議に思っている僕らだったが、お店の人は手慣れたように串を焼いている。
そしてお肉が焼けた頃、手元にあったナンのようなパンを手に取り、中に玉ねぎを放り込み、最後に焼けた肉を入れた。
メテムは手渡されたパンの匂いを軽く嗅ぎ、それから豪快にかぶりつく。
「美味い!」
高らかな声を挙げる。
お店の人もメテムの表情から意味を察したのだろう。
ニンマリと笑いかけた。
「はっは、プロフにマンティ、そして串揚げか。良い国じゃないか、ここも」
夕暮れ時になったイチャン・カラにメテムの声が響くのだった。




