テオティワカン
中南米における最後のハイライト、それがメキシコシティにあるテオティワカンだ。
宗教都市として名高いこの街へよらずに、メキシコは語れない。
それほど重要な遺跡だ。
テオティワカンへはバスで向かうことになる。
といっても五十キロ程度しか離れていないので一時間ほどで到着できる。
バスターミナルから少し歩くと遺跡の入口があり、チケットを買って中へ入場する。
途中荷物検査やらパスポート提示やらがあったけれど、大したことはなくスムーズに終わった。
そして足を進めると、お待ちかねの到着だ。
「メテム、ここがテオティワカンだよ!」
もちろん僕にとっても初めてだったのだけれど、それ以上に二人で訪れたことが嬉しくて僕は満面の笑みを浮かべてメテムを見た。
「……」
が、期待に反してメテムからのリアクションがない。
「どうしたの? お腹痛いの? それともご飯にする?」
意外な反応だったのですぐに僕は聞き返した。
「……」
しかしそれでもメテムは口を開かない。
じっと何かを感じるようにして辺りを見回している。
「メテム、メテム、とりあえず歩こう、ほら」
そう促しメテムの手を引くと、ようやっとメテムは動き出した。
「この都市にはね、昔二十万人の人が住んでたらしいよ。当時ヨーロッパで最大の街がコンスタンティノープルで人口が二万人だったらしいから、その規模には驚かされるよね」
「……」
「しかもね、この都市に住んでた人、どこから来て、いつ滅びたのか、それすら分かってないんだよ。不思議だよねえ」
「……」
「ほら、みて、あそこの神殿。あれはケツアルコアトルの神殿だよ。農耕や文化、知識の神で鳥の羽をもった蛇の形をしてたんだって」
「……」
僕が何を言ってもメテムは一言も口を開かなかった。
何かを感じてるような、深く考え事をしている。
僕はいささか気まずい感じがしたが、無理に明るい声をだしてメテムに話しかけた。
「メテム、あそこにピラミッド二つあるでしょ、あれが太陽と月の双子のピラミッド。手前右手が太陽のピラミッドで奥が月のピラミッド。で、それに向かうメインロードが死者の道っていうんだよ」
そう言うとメテムはようやく反応し、僕の指示す先にあるピラミッドをじっと見つめた。
「……メテム、一体どうしたの?」
ようやく僕はメテムに直接聞いた。
するとメテムは俯いて下を眺めた後、顔を上げ僕の目を真正面から見据えた。
「……ユウキ、ちょっと聞いてほしいんだ」
今まで見たこともないシリアスな表情を浮かべる。
「どうしたの?」
「あのな、お前には最初に会った時言ったかもしれないが、私がこの世界に来た理由が二つあるんだ」
「うん」
「一つは相方を探すこと。まあお前のことだ。でだ、もう一つ他にあってな。それが私の場所を探す事なんだ」
「ああ、何だか言ってたね、そんなこと」
「もしかしたら、ここがわたしの場所かもしれない。いや、間違いなくここだ」
「え? そうなの? そんな気がするの? というか場所ってどういう意味を指すの?」
矢継ぎ早に質問をしたが、メテムはそれには答えなかった。
そのかわり姿勢を伸ばし両腕を大きく広げた。
以前イースター島に着いた時と同じ動作だ。
多分魔力で何かを探っているんだろう。
そのままの姿勢でメテムは固まった。
幸いにして周りにまばらにいる観光客は遺跡の観光に夢中でメテムに注目している人はいない。
それに特に体が光ってるとかはないので、まあ目立つことはないんだろう。
一分ほど経過した頃、「ふぅ」と一息を吐いてメテムは両腕を元に戻した。
「ユウキ、多分地下だ」
「地下?」
「うん、この遺跡、多分地下に何かあるんだ」
「え? そうなの?」
「下に強い魔力を感じる。ちょっと行ってみるぞ」
「え、行くってどうやって?」
僕が慌てていると、メテムは地面にちょこんと指先を当てた。
「どうするの?」
再度聞き返すと、メテムは「シッ」と声をかけた。
黙ってろということだろう。
僕はメテムの動作を眺めることにした。
それから少ししてメテムはマスクを被った。
そして魔法書をカバンから取り出す。
同時に地面から指を離し僕の手を握った。
軽く握り返した僕に、顔を向けずにメテムが言った。
「ユウキ、行くぞ……テレポート」
そう言うと浮遊感が体を覆った……。
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声を出す暇も無く、すぐに世界がガラリと変わった。
いきなり視線を奪われたその漆黒の空間は、外の暑い空気とガラリと変わり、ひんやりとした、そしてカビの匂いが辺りを充満していた。
僕は不安になりながらメテムの手を強く握った。
そんな状態だったがすぐにまた切り替わった。
「ナイトサイト」
メテムの声と共に僕の視界がもとに戻ったのだ。
そしてその先には、この世に生きとし生ける全ての人が見たこともない、壮大な神殿が広がっていた……。
僕らは巨大な通路の途中に飛んできたようだ。
両脇を石柱が立ち並び、その先にはずっと道が続いている。
テオティワカンの地下にこんな空間が存在していただなんて。
地上の遺跡とはどう関係しているのだろうか。
とても表現できない程に驚いているとメテムが呟いた。
「この先に、何かがある」
確信したようにメテムは呟き、そして僕の手を引っ張りながら誘導した。
幅広の通路は見ても分かる通り随分長く続いているようだ。
途中途中両脇の壁画には見事なレリーフが描かれている。
地上のものと違って腐食しておらず、見事なまでの完成度だった。
おそらくこれが世の人に知られたら、考古学上最も優れた発見の一つにカウントされるだろう。
まあその日がいつ来るのかは定かではないが。
通路を歩いているとその先に巨大な神殿のようなものが見えてきた。
おそらくあそこが目的地なのだろう。
歩を進める僕たち。
「多分、この頭上に月のピラミッドがあるんだろうな」
メテムが言った。
「そうなの?」
「うん、頭上にも感覚があるからな。ちょうどあそこの地下に位置してるんだよ、今」
「何か感じるものある?」
「うん、ビシビシとね。というか感覚でわかるんだよ。ここが約束された場所だって」
「約束された場所?」
「そう、人はそれぞれ魂が繋がってる場所が世界の何処かにあるんだよ」
「魂が繋がってる?」
「なんと言ったら良いかな、魂が帰る場所というか、最後に辿り着く場所というか。それぞれ個人的な場所があってさ。人間は本来必ずそこを見つけあてないといけないんだよ、たどり着かないといけないんだ」
「なるほど」
「私も当然探してて、前いた世界で必死に探したんだけど見つからなかったんだよ。まさかここにあったとは……」
いつの間にか神殿の前にたどり着いていた僕たちは、手前にある階段を登った。
「メテムにとって間違いなくここがその場所?」
「うん、絶対にここが約束された場所だ。確信してる。この先にある何かを私は探していたんだ」
そう言うとメテムは少し歩調を早め先へ向かった。
神殿の内部には大きな一つのフロアーがあった。
中央には泉の様なものがある。
そしてその泉は、誰もいないこの空間でウッスラと青い光を放っていた。
「ここが約束の場所か……」
メテムはそういうと泉に近づき、その縁に腰を下ろした。
「何か感じる?」
僕の問には答えず、メテムは緊迫した雰囲気を解き、腰掛けた姿勢でゆったりと寛いでいた。
僕はと言えばメテムのリアクションが消えたので改めてこの場所を見渡した。
落ち着いてみるとそこはドーム状のフロアーだった。
壁には何やら文様のものが描かれていた。
来た道以外は見つからなかったので、この神殿は確実にこの泉の為に存在しているのだろう。
辺りをうろつこうと思ったけれど、少し怖くなったので僕はメテムの隣に腰を下ろした。
「……凄いな、約束された場所は」
どれぐらい沈黙が続いていただろうか。
不思議なことに時間の感覚が分からなくなっていた僕にメテムが呟いた。
「そんなに違う?」
「うん、明らかに魔力が一段階高まってる。そして精神的にとても充足していて、それでいて興奮するわけでもなく、自分自身を受け入れ、ここにいるだけで安らぎが身を包んでいるよ」
そう言うとメテムは手で握りこぶしを作って感覚を確かめ、また手を開き、その作業を繰り返した。
「なるほどな、こんな感覚だったのか。こりゃ確かに凄い」
そう言いながらメテムはこの空間自体に体を委ねた。
「ユウキ、お前さっき言ってたろ、この地の人達がどこからきてどこに消えていったのかって」
「うん」
「そいつら、この約束された場所に惹かれて、ここで魂を還していったんだよ。だから突然消えてったんだ」
「そうなの?」
「多分、な」
そう言うとメテムは頭上を見上げた。
「でもここは僕の場所じゃないような気がする。何一つ感じるものがない」
「そりゃまあここは私の場所であってお前の場所じゃないからな」
「僕にもそういう場所はある?」
「あるさ、間違いない」
「それを探すべき?」
「もちろん、人として探さないといけない。生きてるものは皆魂の還る場所があるんだよ」
魂の還る場所。
僕にとってはどこにあるのか。
そんな事を考えながら、僕たちは誰も来ることのない遺跡に佇んでいた。
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「まあとりあえず難しいことは置いといて、観光しますか」
地上に出たメテムは、それまでとは打って変わって明るい声を出した。
そのギャップに若干戸惑いながらも、それを悟られないように元気に返事をする。
「そうだね、まずは月のピラミッドを登ろう。最上階から見渡す景色が凄いらしいよ!」
僕の声が聞こえたのか、メテムは足取り軽く月のピラミッドへ向かった。
慌てて僕も後を追う。
月のピラミッドはその巨大さから当然のように多数の階段があった。
どれぐらい登れば良いのか、ぐったりしながら地上にいる僕を尻目にメテムはどんどん進んでいく。
その後姿に僕は声をかけた。
「メテム――、愛してるよ――」
僕の声は果たして届いているのか。
メテムはしばらく微動だにしなかった。
階段下から突き上げてくる風が僕の背中を押す。
鼻腔にはピラミッドの石の匂いが届く。
どれだけ時間が経っただろう。
メテムはゆっくりとこちらに振り向いた。
「ん、何か言ったか?」
満面の笑みを浮かべている。
「いや、なんでもないよ――」
大きな声で返す。
するとメテムはこちらまで降りてきて言った。
「なんだよ、気持ち悪いな、言えよ」
「いや、来てくれてありがとうね、この世界に」
「なんだそんなことか」
「本当に嬉しいよ」
「そりゃどうも」
「これからも沢山の世界を回ろうね」
そう言うと僕はメテムの手を握る。
珍しくそれに抵抗すること無く、僕たちは二人で月のピラミッドを登った。
一歩一歩、感覚を、そしてお互いの存在を確かめるように、僕たちは登った。




