メキシコシティ
「なんだかこの国の奴らは陽気だな」
メテムが通行人を眺めながら呟く。
視線の先を追うと確かに人々が歌い、肩を組みながら歩いてるのが見える。
「まあさ、南米だからこんなもんじゃない?」
何の気なしに返答する。
が、メテムはどうも腑に落ちなかったようだ。
「いやそれにしても異常じゃないか? あいつら見ろよ、上半身裸だぞ」
指差す方を見ると、確かに若者のグループの一団が上半身に何も身につけず歩いてるのが見える。
それぞれ手を挙げたり大声を出しながら大変賑やかだ。
「というか半狂乱だろ」
口から「フー」と息を吐きながらメテムが言った。
「本当だね。もしかしたら今日は何かあるのかもしれないね」
「だろうな。まあ人混みは嫌いじゃないけれど、流石にこれは歩きづらいな」
そういうメテムの手を僕は握り、少しリードしながら歩く。
ここの人々は皆メテムのように背が低いのだけれど、それでもこんな乱痴気騒ぎだとメテムも大変だろう。
そう思いながら進んでいると、後ろからメテムの可愛らしい悲鳴が聞こえた。
「うわっ」
慌てて振り向くと、そこには髪の毛が泡に包まれたひどい状態のメテムがいた。
「おい、お前、何してくれてんだ」
怒鳴るメテムの先には、おもちゃのロケット砲をもっていた若者がいた。
おそらくだが、あのロケット砲から泡が飛び出す仕組みなんだろう。
何があったのか訝しってるとその若者は笑顔を浮かべながらこう言った。
「ハッピー・インディペンデンス・デイ!」
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「やれやれ、とんでもない目に遭ったよ」
路地裏でメテムが泡を落としながら力を落として呟く。
「全くだね。まさか独立記念日だなんて」
「だから皆気狂いのように騒いでるんだな」
確かにそう分かったら周りの半狂乱ぶりがよく分かる。
「で? 一体この地には何しに来たんだ? ええと、なんて国だっけ、そもそも」
「メキシコ、ね」
「そうだメキシコだ」
「この国にはね、テオティワカンという素晴らしい遺跡が眠ってるんだよ。大昔のマヤ・アステカ文明が誇る巨大なピラミッドなの。神秘的な遺跡みたいだよ」
「ほうほう」
「ちなみに、一応この地が今回の旅の最終地点かな」
「そうなの?」
「うん、この後は一旦日本に帰ろう。あ、でも、カンクンっていう海が有名なビーチがあるから、最後そこに寄ってもいいね」
「あ、それ良い提案だな。海で休もう」
「最後だし、素敵なホテルに泊まろう」
「キシシ」
屈託のない笑顔をメテムが見せる。
こうなっては今すぐにでも海に向かいたくなるから不思議だ。
「しかし……なんだかお腹が空いたな」
そう言うとメテムはいつものように可愛いお腹をさすった。
「ご飯ね、それじゃあれはどう?」
僕は路地から見える屋台を指さした。
「なんだあれ?」
「ふふふ、あれこそメキシコが誇るソウルフード、タコスだよ!」
僕は自信満々に伝え、メテムの手を引っ張った。
「はい、いらっしゃい」
僕たちが屋台の椅子に座ると同時に店主が明るい声で話しかけた。
眼の前にはドンドン焼かれていくタコスが見える。
「わー、美味しそう」
「お嬢さん、うちのタコスは美味しいよ。さて何個いる?」
「一つ幾らなの?」
「なんとたったの5ペソだ!」
「5ペソ? それって30円? わー、安い! おじさん一人3個ずつ頂戴!」
「はいよ、ちょっとまってな」
メテムとの交渉が終わると、店主は器用に生地を焼き始めた。
くるっと小さく生地を焼き、その上に具を盛り付ける。
なんてことのないクレープの要領だ。
そして出来たタコスの上に、またタコスを乗せ始める。
「はいよ、いっちょおまち」
そうって出されたタコスは、値段相応にしょぼくはあったが、それでも焼き立てということもあって、美味しそうではあった。
「いっただっきまーす」
元気にそう言うとメテムがタコスにかぶりつく。
「ん、んまーい!」
屋台中に聞こえるような大きな声を上げる。
すると店主も気を良くしたのかニコニコと笑いながら話しかけた。
「お嬢さん、机の上のワカモレをかけるともっと美味しいよ。ワカモレは無料だからさ」
「ワカモレ?」
思わず僕が横から口を出した。
確かに机の上に緑のペーストが盛られた皿が置かれていて不思議だったのだ。
「おう、あんちゃん、これな、アボカドなんだ。知ってるか、アボカド。メキシコの特産品だぞ。これをディップにしてトマトやオニオン、それにライムを絞ってるんだ。イケてるから食べてみな」
店主がそういうのを聞き終わらず、メテムは器用にワカモレをタコスへ入れ、口に運んだ。
「ん、ユウキ、これ美味い! 酸味と濃厚なアボカドが混ざりあってなんとも言えず美味い!」
破顔の笑みを浮かべる。
僕もすぐにワカモレをタコスに乗せて口へ運んだ。
確かにアボカドのクリーミーさに、ライムの酸味とトマトやオニオンのさっぱりさが加わり、なんとも言えない不思議な食感が口に広がる。
それにタコスのジューシーな肉が混ざることで、一つ一つが何十倍にも生まれ変わっていた。
「なるほどね、日本で言う寿司にわさび、とんかつに辛子、みたいなもんか」
納得した僕たちは次々と口にタコスを運んだ。
結構な量を胃に収め、少し落ち着いた僕たちは、店主にお礼を述べて、屋台を後にした。
それからまた盛り上がる歩道を歩いていると、今度はメテムが別の屋台を指さした。
「ユウキ、ちょっとのどが渇いた。あそこ何か売ってないか?」
そう指す屋台は確かにドリンクを売っていた。
僕も喉が乾いたので屋台へと向かう。
「すいません、こちら何のドリンクですか?」
屋台の店主にそう伝えると、店主はこちらを見てニヤリと笑った。
「はっは、あんちゃん、これはな、メキシカンスペシャルドリンクだぞ」
「メキシカンスペシャルドリンク? なんですそれは」
「はっは、それは言えないねえ。買った人しかわからない」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら返す店主。
この様子じゃおそらく買うまでは何一つ教えないだろう。
若干不安になりながらも仕方なく僕たちは一つ買うことにした。
お代を受け取った店主は一つコップを手にした。
そしてそれを逆さまにすると、何か分からない粉末の上にコップを押し付ける。
すると当然コップの縁には赤い粉末がべったりついた。
そしてそのコップにサーバーから茶色い液体をコップに注ぐ。
まずいな、あれはビールだ。
アルコールが飲めない僕はこの時点で嫌な予感を感じる。
コップにビールらしきものを注いだら、店主はさらに何か知らない赤い液体を大量に注いだ。
「ユウキ、あれ、何入れてんだ?」
メテムも当然疑問を口に出す。
「わからない、なんだろあれ」
不思議に思って店主を見てみると、赤い液体を注ぎ終わった後、更に赤い粉末をコップに入れ、もう何がなんだか分からない緑やらオレンジの物体を差し入れる。
その一連の作業を終えると、満足したのか僕たちにニヤリと笑ってそれを渡した。
店主にお礼を言って僕たちはコップを受け取る。
メテムに渡そうとしたが、明らかに嫌がる顔をするので、仕方ない、僕が毒見役をする羽目になった。
とは言っても僕もすぐに飲むほどバカではない。
まずはこの得体の知れないスペシャルドリンクの匂いを嗅ぐ。
……すぐに鼻につくのはスパイシーな刺激、そして強いトマトの香り。
間違いない。
この赤い粉末は何らかの辛いスパイスだ。
そして途中に入れていた赤い液体はトマトだ。
「ユウキ、それなんだ?」
疑問を口にするメテムに、僕はしかめ面をしながら答える。
「メテム、これ、赤いのトマトだよ。ビールにトマトジュース入れてるんだ。そして多分この縁の粉末、これスパイスだ」
「トマト? スパイス? ほんで、味はどうなの?」
「ちょっとまってね、今飲んでみる」
そう言うと、あまり気乗りはしなかったけれど、液体を少量口に流し込んだ。
途端に感じるのはトマトとビールが混ざりあったなんとも言えない苦味のあるテイスト、そしてザラッとした食感の残るスパイス。
思わず口からむせて吐き出しそうになるのを頑張ってこらえる。
それからなんとかメテムの方を向いた。
「……メテム、これはやめといたほうがいい。尋常ならざる味がする」
そういう僕の顔があまりに必死だったのだろう。
メテムも不安げな顔をした。
が、それでも試してみるのがメテム。
コップを僕から受け取り、同じ様に少量を口に含んだ。
「……うーん……確かにこれは凄い味だな。というかトマトとビールと香辛料かあ……」
そんな風にリアクションに困っている僕たちを、ドリンク売りの兄ちゃんはゲラゲラと笑ってみているのだった……。
「ユウキ、アレは何だ?」
道を歩いてるとまたしてもメテムが声を挙げた。
その先には、寿司ファクトリーと書かれた看板がある。
「寿司ファクトリー? なんだろうね、行ってみよう」
そう言って僕たちは屋台へと向かった。
その屋台、寿司ファクトリーは、まあ当然といえば当然だが寿司屋だった。
が、日本で言う寿司ではなく、ロール寿司の専門店のようだ。
いわゆるカリフォルニアロールとかニクソンロールとかそんなのばかりがメニューにある。
まだ少しお腹に余裕がある僕たちは、早速幾つかのロール寿司を注文してみることにした。
一つはアボカド、一つはサーモンロール。
そうして出てきたのは、色鮮やかな、とても寿司とは思えない食べ物だった。
「おー、カラフルで凄いな」
メテムが面白そうに言う。
それとは逆に複雑な心境なのが僕だ。
「うーん、これ、果たして寿司と言えるのか?」
日本人としては当然の反応を示したつもりだが、メテムはそんな僕に対して、意外というような顔を見せた。
「いや、ぶっちゃけ日本の寿司ってつまらないんだよ。これぐらいのほうが目で楽しめて、美味しそうだ」
そう言うとメテムは端から一ピースずつ食べ始めた。
「お、これ美味い。テリヤキソースかかってんぞ」
「え? テリヤキソース?」
あまりに変なことを言うので、慌てて僕も口に入れる。
途端に広がったのは、甘じょっぱい味、照り焼き味だ。
「ホントだ……なんでこのアボカドロール、テリヤキソースかかってるんだ」
腑に落ちずにいる僕をよそ目にメテムがサーモンロールに手を出した。
「となるとこのロールに乗ってるのも……おぉ、テリヤキソースだ」
「え、サーモンロールにもテリヤキソースなの? そんな馬鹿な……」
とても信じられないままに口に運んだが、やはり広がるのは甘じょっぱい味だ。
アボカドロール、サーモンロール、どちらにもテリヤキソースがかかっている。
「信じられない……寿司にテリヤキソースだなんて……」
戸惑いを隠せない僕に構わず、メテムは美味い美味いと寿司を片っ端から口に詰めていく。
「ユウキ、固定概念を捨てろ! 自分を解き放て!」
そう言われてもどうにも解き放ちきれない僕だった……。
「いやー、この国良いな。飯がめちゃ美味くて驚いたよ」
すっかり満足したのかメテムは上機嫌になりながら言った。
「それは良かった。君が気に入るならそれが一番だよ」
「よし、んじゃ後は帰るだけか?」
「うーん、それでも良いけど、まだ疲れてないならいっちょ夜遊びでもしてみる?」
「夜遊び?」
「うん、クラブにでも行こうかなと思って。メキシコはどんな感じなのか気になってるのよ」
「お、珍しい提案をするな。よし、やれ行こう、それ行こう」
そう言うとメテムは場所も分からずにズカズカと道を歩いていった。
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メキシコのナイトクラブ、はてさて如何なものか。
非常に興味深かったのだけれど、ついてみるとそこまで日本と代わり映えしないものだった。
入り口にガードマンがいて、中にはいると、沢山の人が踊りながらお酒を飲んでいる。
唯一面白い作りだったのは、中が吹き抜けになっていて、3階建てだったところだ。
「メテムの世界にもこういうところってあったの?
「うーん、こういうネオンでギラギラはないけれど、バーで音楽に合わせて躍る、みたいな風習はあったなあ」
「へーそうなんだ。音楽はどんな感じだったの?」
「うーん、こっちの世界で言う少しラテンの乗りに近いな。電子楽器なんてものはないから、もう少し素朴な音源だけれど」
「そか、んじゃそこまで目新しい世界ってもんじゃないんだね」
「だな。よし、ちょっくら躍ってみよう」
そう言うとメテムは、二階にある突き出した箇所へ飛び乗った。
「メテム、気をつけてね」
僕の言葉が聞こえているのかはわからないが、メテムはかかっていた音楽に体を合わせる仕草をした。
それから両の手のひらを握り、軽く折り曲げ、猫の手のような構えをとった。
そして音楽に合わせるようにしてクネクネと体を揺らした。
折り曲げた手を柔らかく揺らし、体が滑らかに曲がる。
それは果たして独特なダンスで、この世界ではあまり見たことがない類のものだった。
音楽に合わせて、そのまま体が溶けていくのではないか、そんな事を思わせるダンスだ。
気がつけば一階にいる人々は皆メテムの姿に夢中になっていた。
それを知ってか知らずかメテムは更にダンスを続ける。
小さな猫を連想させるその仕草は、いつまでも音楽の鳴る限り続いた。
しばらくするとメテムはダンスを止めた。
同時にそれを眺めていた僕たちの時間も動き出す。
僕はメテムのところへ向かおうとしたところ、メテムは僕の方を見て、クイッと何かを飲む動作をした。
それからどこかの方角を指差す。
その先にはドリンクコーナーがあった。
喉が乾いたから買ってきてくれということだろう。
僕は言われるがままにドリンクコーナーへと向かった。
メキシコのクラブではテキーラが主流のようで、皆小さなグラスを片手にカッと一気に流し込んでいた。
ただ僕は流石にテキーラは飲めない。
致し方なく、メキシコで有名なコロナを二本買った。
ライムが刺さった状態で出されたそれを抱え、僕はメテムのところへ戻った。
しかし先程の踊り場へ向かったところ、メテムの姿が見えない。
どこに行ったのだろうか。
辺りをウロチョロ眺めてると、壁際にメテムを見つけた。
何やらメキシコ人の男と話している。
時折笑顔を見せて笑っているところから、口説かれているのだろう。
僕は慌ててメテムの元へ駆け寄った。
「すいません、こちら僕の連れなんですが……」
二人の間に割って入り、怯むこと無く僕はメキシコ人の男へ伝える。
するとその男は「おー、そうなんだ。失礼失礼」と肩をすくめる仕草をしながら、メテムにウインクをして去っていった。
「何をそんな楽しそうにしてたの?」
男が去ると僕はメテムに問いかけた。
「あっは、ユウキ、あいつのセリフ傑作だったぞ」
「傑作?」
「うん、私の世界でも聞いたことがない口説き文句だった」
「やっぱ、口説かれてたの?」
「うん。私の両親は泥棒だ、っていきなり言い出したのよ」
「泥棒?」
「なんでか分かる?」
「うーん、なんでだろうか」
「私が生まれたその日に、夜空に浮かぶ星を二つ盗んで私の目に入れたんだ、ですって。あっはっは、何言ってんだあいつは。はっは」
それだけ言うとメテムは目に涙を溜めながら笑った。
「全く……油断もへったくれもない国だな」
僕はそう言いながら苦笑いを浮かべるしか無い。
「いやー、私は気に入ったよ、この国」
とても満足そうにメテムが言う。
「まあメテムが良いなら嬉しいけどさ……」
「よーし、最後のお目当て、テオティワカンへ行こうじゃないか!」
そう言うとメテムは大きく体を伸ばし、僕にもたれかかってきた。
変な虫がつかないよう、僕はかぶさるようにしてクラブを出るのだった。




