シュコティアン洞窟群
「よし、それじゃ行こうか」
メテムにそう告げると僕は勢い良くベッドから飛び降りた。
「珍しいな、お前の方からそんな元気に言うなんて」
僕の態度が不思議だったのか、メテムが呟く。
「いやさ、ホテルの人に聞いてから興味が湧いちゃってさ、ちょうど良い天気だし楽しみになっちゃって」
「ふーん、まあいいけど」
そう言うとメテムもプラプラと揺らしていた足をベッドから下ろし立ち上がった。
今日の目的地は、シュコティアン洞窟群だ。
何やら世界的に最も有名な鍾乳洞のようで、カルストの語源にもなっている世界遺産のようだ。
洞窟の中には滝や河まであるようで、その景観は言葉では言い表せない程見事なようだ。
普段はあまり自然には興味のない僕だけれど、ここまで言われると俄然興味が湧いてくる。
「それじゃ、シュコティアンへ向けて出発!」
僕たちは勢い良くホテルを出発した。
シュコティアンへは列車で行くらしい。
早速僕らは駅に向かった。
だが、チケットを買おうとすると、どうやら今日は事故で運休ということを駅員が教えてくれた。
その為バスが振替で出ているようだ。
僕たちはチケットを買ってバスへと向かった。
バスに乗り込むと程なくして出発。
時計を見るとちょうど朝九時半だった。
景色をブラブラ眺めながらゆっくりしていると一時間半ほどして到着した。
バスを降りるとすぐそこはシュコティアンへの入り口だったので迷うことはなかった。
だが、チケットを購入すると、スタッフが注意事項を教えてくれた。
何やらシュコティアンへは自由に入ることはできず、グループごとにまとまって入らなければならない。
そして次のグループは昼の一時からとのことだった。
時計を見るとまだ十一時過ぎだ。
仕方ないので僕たちは近くのカフェで早めのランチを食べ時間を潰した。
時間になってから入り口へ向かうとすでにグループらしき集まりがあったので、僕たちはチケットをもってそこに合流した。
そしてガイドに導かれるようにして中へ入っていった……。
「うはー、これは凄い……」
このセリフをもう何度吐いただろうか。
あまりの衝撃に語彙も単調に思いのままに呟いている僕がそこにいた。
シュコティアン洞窟群。
果たして言われるほど凄いのかと高をくくって入ってみたのだが、正直入ってすぐに度肝を抜かれる素晴らしさだ。
陽の光が差し込まない巨大な洞窟内を、適度にライトアップされた鍾乳石が飾り立てる。
そしてその圧倒的なスケールに、まさに異世界と言わざるをえないほど衝撃が走る。
「メテム、メテム、これやばいでしょ」
「……そうだね」
僕が予想以上に興奮しているからなのか、それを傍目に妙にテンションが低いメテムがいるが、今はもうそれすら気にならない。
僕はキョロキョロとせわしなく辺りを見回し続けた。
だがシュコティアンの見どころはここからだった。
「メテム、河だ! 河がある!」
そう、足を進めていると前方から水の流れる音が聞こえてきて、さらに進むと渓谷のような景色が広がっていた。
そしてそこの下には流れる河があったのだ。
「こんな洞窟の中に河が流れてるだなんて……」
事前に聞かされていたとは言え、実際に見てみるのとは大違いだ。
さらに興奮することに、なんとここには吊橋がかけられていて、それを渡って進むらしい。
日本に住んでいるとただでさえ吊橋なんて渡る機会が無いのに、この巨大な洞窟の地下にある河を渡るだなんて、およそ体験できることではない。
「凄い! 吊橋! メテム、押さないでよ、押さないでよ!」
と、子供のように興奮しながら渡る。
途中眼下を眺めると、遥か奥に薄暗い河が流れるのが見えた。
吊橋を渡った後も更に先へと僕たちは進んだ。
途中何の毛無しに後方を振り返ると、段々と地下に潜っていった為か、視線上方を見上げる形になっていた。
それはなんというかファンタジー世界で地底に進む、みたいな景色だった。
「いやー、メテム、シュコティアン素晴らしかったね」
洞窟から出た途端、僕は興奮しながらメテムに話しかけた。
「うーん、まあお前が楽しめたのならそれでいいよ」
「え? メテムつまらなかった? 僕はもう感動したなあ。あのもう異世界感丸出しの非日常的な雰囲気。ああいう景色から人は色々空想したんだろうねえ」
「うーん……」
「ねえ、メテム!」
「何?」
「まださ、全然時間あるじゃん。だからさ、この近くにあるもう一つの洞窟群、ポストイナへ行ってみない?」
「えー、もう帰ろうよ。帰ってクルヴァヴィッツァでも食べて街でゆっくりしよう」
「いいじゃんいいじゃん。どうせ何も予定無いんだしさ。ここまで来たら折角だし!」
「……」
グズるメテムの背中を文字通り押しながら、僕はバス停へ向かった。
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「ひゃっほーい!」
洞窟の中にメテムの大きな声が響く。
「メテム、危ないよ、危ないよ」
僕は思わずメテムの体を引き寄せた。
「大丈夫だって、こんなの危険はないだろ。いや面白いや、これ」
そう言うとメテムはさらに身を乗り出して両手を高々と上げた。
僕たちは今ポストイナ洞窟にいる。
そしてメテムが興奮している理由は、今トロッコに乗っているからだ。
シュコティアンを出た僕たちは三時半のバスに乗り込みポストイナへと向かった。
一時間程で到着し、最終の五時の回に潜り込むことに成功した。
正直シュコティアンがすごすぎて、ポストイナは大したことはないだろうと思っていたのだが、どうやらポストイナは趣向が若干違うようだった。
それが先程軽く触れたトロッコ。
ポストイナでは移動にトロッコを使うらしい。
これがメテムには刺さったみたいだ。
確かに僕は夢の国で乗り慣れてるけれど、そういうものが無かったメテムには新鮮なんだろう。
嬉々揚々として乗り込んでいった。
「ユウキ、あそこもライトアップされているぞ!」
隣でメテムが叫ぶ。
確かにトロッコから見える景色は飽きない様に随所に工夫が施されている。
色々珍しい形の鍾乳石がこれでもかと言わんばかりに出てきた。
確かに夢の国でもみられる景色ではあるが、凄いのはこれが作り物ではなく本物だということだ。
それを知っているからには説得力が段違いだ。
僕もトロッコに乗りながら、人知れず興奮していた。
トロッコに乗ってしばらく進むと終着点に着いた。
どうやら後は歩いて進む様だ。
「なんだ、つまらない」
不満げなメテムを、僕はほっぺたを擦り宥めた。
トロッコから降りたとは言えまだまだ冒険は続く。
というかどうやらここからメインのようだ。
ガイドに付き添われながら僕たちは進んだ。
シュコティアンでもみたような景色が続く。
まあそれでも普段見ない僕にとっては新鮮だ。
周りをせわしなく顔を動かしながら見続けた。
しばらくするとガイドが崖下を見るように告げた。
指示に従って素直に顔を向ける僕達。
その視線の先には何やらデコボコがある巨大な岩があった。
なんだろうか、不思議に思っているとガイドが声を挙げた。
「皆さん、あれがドラゴンの頭岩です。凄いでしょう。実際にドラゴンが住んでいたという伝説もここから生まれているんですよ」
ほうほう、なるほど、言われてみたら何となく分かる。
そしてこんな薄暗い中にあると、何も知らない昔の人はドラゴンだと思ったのも無理もない。
「凄いね、ドラゴンだってさ」
メテムに話しかけると、何やら言いたげな顔をしていた。
「どったの?」
「いや、ドラゴンって全然あんなのじゃないぞ。何ならここで召喚してやろうか?」
「……」
メテムの冷静な突っ込みを受けて言葉を失った僕は、それからまた歩を進めた。
鍾乳洞の中をひたすら進む。
途中途中見晴らしの良い場所が現れたり、狭い道を進んだりと、どうやらポストイナは意図せずエンターテインメント色が強いようだ。
まるで冒険をしているかのような気分になりながら進んだ。
そしてそれはしばらく歩いていた矢先に突然起こった……。
バチッ!
大きな音がしたと思ったと同時に、視界が一気に暗くなる。
何だ何だ。
僕は反射的に隣にいるメテムの手を探した。
すぐに手が触れる。
握るとメテムも握り返してきた。
「メテム、足元気をつけて!」
僕は緊迫しながら声をかけた。
この真っ暗な中で、さらにこのシチュエーションだ。
事故に繋がったら大事だ。
襲いかかるような危険は無いだろうが、可能な限り周りに気を向けて僕はメテムを守るようにして立った。
電気が回復したのはそれから数秒後のことだった。
だが予期せぬハプニングの僕にしてみたらそれが数分ぐらい長いものに感じた。
「いやー、いきなりだったね。メテム、怖くなかった? 大丈夫だった?」
「ん、平気平気」
「そう? ほんと?」
「うん」
「それなら良かった」
灯りがついたことでかなり安心した僕は、それからまた歩きはじめた。
何分ぐらい歩いただろうか、今度は前方で大きな声が上がったのが気づく。
何を言っているのか聞き取れなかったのだけれど事故でもあったんだろうか。
不安になっていたら、大きな音がして同時にまた視界が真っ暗になった。
まずい!
僕は先程の大きな声をすぐに思い出した。
何かアクシデントが起こっているのだ。
僕は今度はメテムの体を覆うようにして抱きしめた。
「メテム、何か起こってるみたいだ。危ないから動かないで。僕が守るから」
そう言うとギュッとメテムを抱きしめて、僕は来るべき出来事に備えた。
天井が落下してくるのか、はたまた前方から何か転がってくるのか。
必死で警戒していると、しばらくして灯りが再びついた。
しかし油断は出来ない。
僕はメテムを抱きしめたまま辺りを見回す。
「……ユウキ、ユウキ」
抱きしめているメテムが声を上げる。
「大丈夫、じっとしてて」
「……ユウキ、おい、ユウキ」
「何? 何か怪我でもした?」
「……ちょっと離せ」
「え?」
僕は緊張しながらメテムの体を少しだけ離した。
「あのな、ユウキ。格好つけてるところ申し訳ないが、お前違うぞ。あの前方にいるガイドな、誰かが写真を撮ろうとする度に、嫌がらせのようにレバーで灯りを消してるだけだ」
「え?」
メテムが一体何を言っているのかイマイチ理解ができなかったが、とりあえずガイドの方に目を向けた。
するとガイドが壁にかかっているレバーに手をかけているのが見える。
そしてすぐに先程届いてきた大声が聞こえた。
「写真撮影禁止!」
言うやいなやガイドがレバーを下ろす。
すると灯りが一斉に落ちたのだった……。
「あっはっは」
メテムの笑い声が響く。
「いやお前、格好良かったよ。もう必死だったもんな、あっはっは」
「メテム、君ね、どうしていつもいつもそうつまらないこと言うんだ……」
「あっはっは、だってお前、抱きしめて、守るって、あっは、何から守るっていうんだよ、あっはっは」
「もうもう……」
かける声すら見当たらず、僕はふくれっ面をするのだった……。
それからしばらくまた進む。
隣ではメテムがよほど面白かったのかずっとケタケタと笑っている。
「ユウキ、おいユウキ」
話しかけてくるが僕は見向きもしないで進んだ。
「んもー、怒っちゃって。しょうがないやっちゃな。あ、そうだ!」
何か思いついたのだろう。
しかし一々振り返っても面倒なので僕は構わず歩く。
「……ぼそぼそ……アー……ク……イク……」
メテムが何かを呟いた。
何かあったのか。
そろそろ目を向けるか。
そう思っていた矢先……今度は急に視界が大幅に揺れた。
地震だ! それも結構大きい!
突然のことに、すぐにまっすぐ立っていられず、足元に崩れ落ちる。
そして辺りに大きな悲鳴が聞こえてきた。
今回ばかりは流石にガイドの仕業じゃない。
僕はすぐにまたメテムを抱き寄せた。
メテムもやばいというのを感じたんだろうか。
大人しくしていた。
メテムを抱きしめ、頭に手をかけて守っている。
いつもは憎まれ口ばかり叩くメテムだけれど、僕にとっては掛け替えのない相棒だ。
命に変えても守る。
抱きしめるメテムは震えているのか、肩を揺らしている。
僕は必死になって抱きしめた。
地震はそれからすぐに止んだ。
僕たちは思い思い安堵の声を上げた。
だが、気を抜いてはいられない。
余震だってある。
未だ緊迫した雰囲気の中、僕たちはガイドの案内を受けて出口へと向かった。
出口へは最後にまたトロッコに乗らなければならないようだった。
正直地震が心配だったが、歩いて行く道はないようで、皆仕方なく警戒しながらトロッコに乗った。
それから程なくして無事出口へたどり着き、僕たちは逃げるようにして地上へと向かった。
「いやー、それにしても色々あったねえ」
ポストイナを出て休憩の為に入ったイタリアンレストランで体を休めながら僕はメテムに言った。
「色々、ね」
「うん、アクシデントもあったけど、それ以上に鍾乳洞の見事さは素晴らしかったよ」
「そう?」
「何よメテム、何かテンション低いね」
「うーん、ぶっちゃけ私の世界ではあんなのどこにでもあったからなあ。冒険者じゃない普通の人が行くような普通の所にさ。ぶっちゃけトロッコが一番楽しかったよ」
「んもー、そういうこと言わないの。でもやっぱさ、地震、あれだけはやばかったよ。あんなところで急に起きるんだもん。メテムを守るので必死だったね。いや本当に怖かった」
「そう?」
「うん、もう気が気じゃなかったね。いや死ぬかと思ったけど今思い出すとすごい経験だよ」
「そか。言ってくれればいつでも起こしてやるぞ。何なら今地震起こそうか?」
「え?」
思わず聞き返す。
「アースクエイクっていう魔法があってだな。これを唱えると地震が起きるんだ」
とっさに先程の記憶が頭に浮かぶ。
そう言えばメテムは笑っていたような。
なんて呟いてたっけ。
……アースクエイク。
「あっ――――!」
お店一帯に僕の声が響くのだった……。




