プロローグ
「グルメだね」
メテムが目の前のシュガードーナツを見て呟く。
「え、そのドーナツ?」
僕は驚いてドーナツをしっかりと見る。
が、いつも食べるドーナツと何ら代わり映えがない。
「んなわけないだろっ。こんなのどう見てもただのドーナツだっつの」
そう言うと器用にフォークをドーナツの穴に差し、クルクルと回して見せた。
ここは都内某所のタリーズ。
季節はちょうど春が終わる五月だ。
南アジアから帰国した僕たちは、都内でゆっくりと疲れを癒やしていた。
プライベートの旅行から帰ってきて疲れを癒やすという表現もおかしいけれど、まあご存知の様に色々あったので疲れていたのだ。
「それでさ、これ見てよ、これ」
そう言うとメテムはバサッと雑誌を机に広げた。
言われるままに目をやると、何やらパスタ特集のページのようだ。
カルボナーラにアラビアータ、見るからに美味しそうな写真が並んでる。
「メテム、このレストラン行きたいの?」
なんとは無しに口に出す。
「そ、う、じゃ、な、い、っての! 旅だよ、旅。次の旅のテーマ!」
「旅? ああ、そういうことか」
ようやく理解した。
メテムは次の旅について話していたのだ。
「そうそう、グルメグルメ。今度はグルメにしたいの」
嬉々とした顔で身を乗り出す。
そして矢継ぎ早にセリフを続けた。
「ほら、南アジアはさ、良かったんだけど、グルメの方はイマイチだったじゃん」
「分かる分かる。もう何食べてもカレー味だったよね」
「うんうん、もうあのスパイシーはコリゴリ。だからさ、次は美味しいものがある所に行きたいの!」
「例えば?」
「こないだ調べたんだけど、やっぱりヨーロッパ辺りがグルメは良いらしいじゃん?」
「そうだね、チーズもあるし、ワインもあるし、パスタにピザになんでもござれ、だね」
「うん、次はヨーロッパに行こう」
「候補は決めてるの?」
「まずイタリアってところには必ず寄りたいな。パスタとかラザニアの本場を食べたい」
「ああ、いいねえ。あそこはジェラートもあるしね。他にはどこ?」
「後はどこだろ、調べてみたところ、ハンガリーだかハングリーだかそんなところにフォアグラがあるらしいね」
「ハンガリーね。というかフォアグラを君が知ってることに驚きだよ。まあでもあそこには温泉もあるし僕も興味あるよ」
「んじゃさ、ハンガリーから陸続きでイタリアへ近づいてみない?」
そう言われて僕は頭のなかに地図を思い浮かべる。
ハンガリーはどこだっけ……イタリアは……うん、まあ陸伝いに行けなくはない。
「いいね、結構時間かかるし、三、四カ国跨ぐけどまあ問題ないか」
「途中面白そうなところがあれば寄るも良し、無けりゃまっすぐ向かうも良し。特に急ぐ旅でも無いんだし、ブラブラ行こうよ」
「それもありだね」
「よし、片道チケットだけ買って、すぐにでも出発しよう。ヨーロッパ・グルメツアーここに始まれり、だ」
そう言うとメテムはフォークでクルクル回していたシュガードーナツを横からかぶりつき、一息で飲み込んだ。
そして流しこむようにコーヒーを飲むと、出発が待ちきれないように勢い良く飛び上がった。
「わ、わ、メテム、待ってよ。ちょっとちょっと……」
慌てて僕もコーヒーを飲み干し、サクサクと歩き出したメテムの後を追うのだった。




