ヒマラヤ
「そろそろネパールを離れて次の国にでも行こうか」
夕食の時間、僕はメテムに提案した。
「んー、確かにカトマンズはだいたい見たからね」
コーヒーを飲みながら答えるメテム。
「そそ、そろそろ次がいいかなって」
「あ、でも私あれがまだ見たいかも」
「あれ?」
「うん、ヒマラヤ。ヒマラヤトレッキングしたい」
「ヒマラヤトレッキング、そうか、それがあったか」
御存知の通りネパールはヒマラヤ山脈に面していて、トレッキングが盛んな国だ。
確かにここまで来ておいて行かない手はない。
「悪くないね。よし、んじゃ最後にトレッキングしよう」
そう決まると僕たちはホテルのフロントに行ってトレッキングの予約を入れた。
トレッキングの朝は早い。
朝日を見たいのならば朝4時には出ないといけないようだ。
しかし僕たちは朝日に全く興味がなかったので(そもそも朝に弱い)、朝8時出発を選んだ。
目的の街はナガルコット。
ここからスタートするらしい。
ちなみに今回僕たちが選んだコースは初心者用のお試しコース。
非常に簡単な道のりで、面倒な装備もいらない日帰りツアーだ。
本来なら最低でも一泊はしないとと言うところだが、まあ正直そこまでは情熱が無かったのだ。
カトマンズから車に揺られること2時間。
ナガルコットに到着。
念のため水などを確認した後、僕たちはトレッキングを開始した。
……ザムッザムッザム
山の砂利道を進む。
……ザムッザムッザム
ひたすら進む。
が、おかしい、何かがおかしい。
「メテム、トレッキングってこんなん?」
「うーん、私もそう思い始めてたとこだよ。トレッキングってもっとさ、自然豊かな緑に囲まれて進むもんじゃないの? これじゃ何もない砂利道を進んでるだけじゃない? しかもヒマラヤは反対側だから何も見えないし……」
そう、僕たちが歩いてるのは単なる砂利道だ。
何もない山を歩いているだけに過ぎない。
そしてメテムの言うとおり肝心のヒマラヤなんて何一つ見えない。
これはガイドに言うべきか。
一頻り悩んだところで、とりあえずもう少し様子を見ようという事にした。
もしかしたら急に視界が晴れて素敵な場所に出会えるかもしれない。
……ザムッザムッザム
歩く。ただ歩く。
が、駄目。
正直先の方を見てもとても変化がありそうに見えない。
ガイドに文句でもつけようと思ったところ、先頭に立つガイドが声をあげた。
「ユウキさん、メテムさん、これ見てくださーい」
なんだなんだ、ヒマラヤでも見れるのか?
そう思ってガイドの指す方を見るも、汚い草と生い茂った木しか見えない。
なんだろう、ヒマラヤは反対側だし。
そう訝しっているとガイドが更に声をあげた。
「ノン、ノン、その手前の葉っぱでーす」
葉っぱ? 見てみると何だか変な葉っぱがある。
「メテム、なにこれ」
「なんだろうな。もう草なんてどうでもいいからヒマラヤ見たいんだけど」
「確かに……」
そう疲れているとガイドが草を抜いて自信満々に僕たちに告げた。
「これ、なんとマリファナなんでーす。ココらへんに原生してるんでーす。凄いでしょー」
「ハハハ……」
僕たちの笑顔が引きつってたのは言うまでもない。
それからも僕たちはひたすら歩いた、砂利道を。
景色も悪く、何も見えない、ヒマラヤの反対側を、だ。
これは流石におかしいだろ。
僕たちはヒマラヤトレッキングに来たんだ。
そう思って何度もガイドに聞いたのだけれど、このガイド、何度も何度も適当に「大丈夫、大丈夫。そろそろ、そろそろ」しか言わない。
「おまえね、何がそろそろなんだ?」
最後尾にいるメテムがイライラしているのが振り向かないでも分かる。
でも今メテムが怒ったら、多分僕は止めないだろうな。そんな事を思いながら延々と歩いた。
どれ位歩いただろうか。
本当に何もない砂利道を4時間ぐらいだろうか。
ようやく目的の場所に到着したようだ。
「ふい~」
水を飲みながら一息をついた。
「ユウキ、私さ、何度あのガイドにファイアーボールの魔法をぶつけてやろうかと思ったよ」
「さ、流石にそれはまずいんじゃないかな」
「怪奇、ナガルコットに浮かぶ炎の人柱、みたいな?」
「ハハハ……でも疲れたね」
「そうだねえ、何しろ景色が悪すぎたね、やれやれ」
そう言うとメテムは地面に腰を下ろした。
しばらく僕たちが休んでいると、ガイドが近づいてきた。
何やらこの辺りにビューポイントがあるらしくて、そこまでは車で行くとのこと。
「おまえね、車があるなら最初からそれ言えよ。なんで砂利道は歩いて、こっから車なんだ?」
メテムが怒りながら呟く。
「まぁまぁ」
なんとか宥めながら僕はメテムを車に押し込んだ。
さて、まあ色々あったけどなんとか目的地まで着いた。
後は見て写真撮るだけだ。
そう思っていたけれど僕たちの受難はまだまだ続いていた。
車でビューポイントまで向かう。
目的地には大きな小屋があって、その最上階からヒマラヤ山脈が一望できるようだ。
このコース一番のハイライトらしい(他にハイライトなんてなかったけど)。
僕たちもひと目見ようと最上階に勢い良く上がった、が。
……み、見えない。
そう、肝心のビューポイントだが、この日は運の悪いことにガスっていて何も見えないのだ。
最初からおかしいと思っていたんだ。
ちょっと曇りなんだけど見れるのかなって。
それをガイドに度々聞いても「時々晴れる、時々曇り」みたいに曖昧な事を言って取り合わない。
ヒマラヤの方は晴れてるのかと思いきや、案の定サッパリだ。
「……全然見えない」
メテムが最もなことを呟く。
「……そうだね……見えないね」
力なく僕も賛同した。
すっかり気落ちしている僕たちだったが、何故かガイドだけは元気だ。
「あっちの方にヒマラヤのメインが見えまーす。こっちは違う山でーす」
「あっちってどれよ、こっちってどっちよ……」
ますますガスって来たのか、視界の先はもう何も見えなかった。
目的のヒマラヤ見学が無駄に終わった僕たちは、帰路へ着いた。
帰りは車だったのが不幸中の幸いか。
「ハハハ、ユウキ、もうさ、マリファナでも土産に持って帰ろうかな」
メテムが投げやりになって呟く。
「ノンノン、メテムさーん、それは駄目ですねー、法律違反でーす」
一向に場の雰囲気を読まないガイドの声だけが車内に響いたのだった……。




