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魔法使いと行く海外旅行  作者: ユウキ
南アジア編
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13/48

シーギリヤ

 僕達は今、スリランカのバンダラナイケ国際空港にいる。

 ちょうどアライバルビザを取得し入国審査が終わったところだ。

 フライト時間が思ったより長引いたので、若干体に疲れが残っている。

 隣を見てみると、メテムが小さな体をまるで猫のように背伸びをしている。

 同じく疲れているのだろう。

 時間も遅いし、早めにホテルで休みたいところだ。


 前回ヒマラヤを見た僕たちは、カトマンズも堪能したことだし、ネパールを出国することにした。

 そして次なる目的地に選んだところが、ネパールやインドから近いここスリランカだ。

 この地を選んだ理由はただ一つ。

 シーギリヤロックを訪れる為だ。

 シーギリヤロックとはダンブッラという場所にある遺跡で、高い岩山の屋上に築かれた神殿の跡地を指す。

 途中シーギリヤレディと呼ばれる美しい女性に対面できることもあり、どちらも前々から気になっていたのだ。

 ただスリランカは日本からのアクセスが悪いためなかなか行く機会が無く、今回近場のネパールに来たということで念願叶ったというわけだ。


 バンダラナイケ国際空港のTIに立ち寄り、大まかな地図をもらう。

 それからダンブッラへの行き方を教えてもらった。

 何やらダンブッラに行くには、まずキャンディと呼ばれる大都市へ行かなければならないようだ。

 このキャンディが各地へ向かうためのハブになっているとのこと。

 キャンディへ行くには旅人ならばExpo railという高級列車がオススメらしい。

 コロンボからは毎日朝7時に便が出ているようなので、それに乗ることにした。

 片道1450ルピー。

 日本円なら1000円強というところか。

 安いものだ。

 そしてキャンディからダンブッラまではバスが良いようで、これは現地で簡単に乗れる、とのことだ。

 TIでExpo railの予約を抑えてもらった僕たちは、同時に空港近くのホテルも手配してもらい、今日はそこで体を休めることにした。

 

 翌日になりExpo railに乗り込む。

 車内はとても清潔で、Wifiまで通っていた。

 そしてありがたいことに朝食付きだった。

 サンドイッチやハンバーガー、ポテトなどがひとまとめに提供される。

 二人仲良く食べ、2時間半ほどしたらもうキャンディだ。

 キャンディからはバスに乗ることになる。

 バスターミナルへ向かうとダンブッラ行きのバスがすぐに見つかった。

 AC付きで300ルピー。

 すぐに乗り込んだ。

 それからまた2時間ほど揺られるとダンブッラに到着だ。


 ダンブッラの街は、事前に勝手にイメージしたものと違い、残念ながらあまり栄えていないようだ。

 街というより町、いや村というのが正しいかもしれない。

 適当なカフェでケーキでも食べたいなと思ったのだけれど、カフェはおろかレストランさえ見当たらなかった。

 そのため抑えていたホテルに入ったら、後はもうホテルで待機する以外何もやることは無かった。


 翌日になり、早速僕たちはお目当てのシーギリヤロックへ向かうことにした。

 タクシーに揺られること20分、シーギリヤロックのある岩山が見えてくる。

 徐々に大きく近づいてくるシーギリヤロックは、僕たちのテンションを上げるには十分だ。


挿絵(By みてみん)


 さて、現地に着くまでにシーギリヤロックについてもう少し詳しく説明しておこう。

 スリランカには5世紀にカッサパという王がいた。

 カッサパ王は父親を殺して王位に着く。

 そして王位についた直後遷都し、この地を首都と定めた。

 それから巨大な岩山の上に王宮を建設した。

 それがシーギリヤロックだ。

 王宮に向かう途中にはシーギリヤレディと呼ばれる美しい女性がいる事でも有名だ。

 しかしシーギリヤロックを建設してから11年後、弟に反乱を起こされて自ら命を断つことになる。

 それからシーギリヤロックは仏教僧に寄進され、衰退することになった。

 これがシーギリヤロックの歴史だ。

 ちなみにカッサパ王が執念の果てに作った王宮だが、今は残っておらず、わずかばかりの跡地があるようだ。

 残念だが致し方ない。


「うわー、でっかいなあ」


 シーギリヤロックの麓に到着した僕たちは、その圧倒的な岩山に思わず驚嘆の声が漏れた。

 楕円柱のその岩山は標高370メートル、下からだと見上げるだけで首が痛くなるサイズだ。


「そうだねえ、これどうやって登るんだろう」


「ユウキ、あそこに階段あるっぽいぞ」


「階段、ね……」


「流石にエレベーターなんてものは無いよ」


「わ、分かってるよ。でもこの高さ、果たして何段ぐらいあるのかな」


「さあねえ、ユウキは足腰弱いからなあ」


「いやいや、この高さは普通にキツイでしょ。ね、ねえ、あれかけてよ」


「あれ?」


「あの足腰が強くなる魔法。アギリティーだっけ?」


「何言ってんだよ、これぐらい魔法に頼らず登りなって。出来る範囲は魔法に頼らずする。そうしないと堕落した人間になるぞ」


「そんなあ……」


 眼前にそびえる岩山を改めて見据えながら僕はため息をついた。

 入り口で入場料を払う。

 USドルで一人30ドルだった。

 随分高いが、景観の維持や遺跡の保守に使われるのでまあ良しとするか。

 ついでにどのぐらい階段があるのか係員に聞いたところ、なんと1200段あるとのこと。

 1200段、正直聞いただけでクラクラしてくる段数だ。

 やれやれ。

 階段の入り口は大きい岩と岩の間にあった。

 それからエッチラオッチラ登っていく。


「……はぁ、はぁ。メ、メテム、ちょっと待って」


 先を行くメテムに情けない声で話しかける。


「んもう、まだ登り始めて十五分も経ってないぞ。というかたった千二百段だぞ。金比羅山より低いんだぞ」


「金比羅山なんて言葉、よ、よく知ってるね。君、行ったことないでしょ……」


「ふふん」


「というか言い訳するようでなんだけど、ここ、急勾配な上に階段のコンディションが良くないから、思った以上に大変なんだよ」



「ほらほら、もうしっかりしろよ。登った先には素晴らしい王宮と綺麗な貴婦人が待ってるんだから、それを励みに頑張りな」


 そう言うとメテムは僕のことを気遣わずに、さっさと身軽に登って行ってしまった……。

 一人で孤独に登る。

 階段は滑るし、気温も暑い。

 正直シーギリヤロックじゃなければ諦めているところだ。

 なんとかその先にあるものを目指して進む。

 そしてちょっと登っては休み、ちょっと登っては休みを繰り返していると、先に渋滞が見えてきた。

 最後尾からはメテムが元気に手を降っている。


「こ、これは何の列?」


 息を切らせながらメテムに問いかける。


「やったな。この先にシーギリヤレディがいるってさ」


「ほ、本当? やった、やっとご対面だ」


 シーギリヤレディに会えると聞いて、僕は身なりを少し整えた。

 汗を吹いて、タオルを片付け、息を落ち着かせる。

 準備をしてから待つこと暫し、ようやく僕たちの番が来たようだ。

 緊張しながら螺旋階段を登る。

 そしてその先にシーギリヤレディが待っていた。


 シーギリヤレディ、それは壁画に描かれた美しい女性たちのフラスコ画のことだ。

 かつては500人ほど描かれていたようだが、仏教僧には不要とみなされ、今では18人ほどしか現存していない。

 しかし1500年以上あまり姿を残している女性たちは美しく、また高貴な雰囲気がアリアリと伝わってくる。


「メテム、これは凄いね」


 僕が凡庸な感想を伝える。


「そうだねえ、気品溢れるこの女の人たちは、何百年経っても色褪せることがないねえ」


「うんうん」


「ユウキ、このチュニックで胸を隠している人が侍女で、こっちのバストを露わにしてる人が身分の高い人らしいよ」


「へーそうなんだ。ユニークだねえ。今とは感性が逆だ」


「そうだね、それにつけてもこの独創的なタッチは、今まで私たちが見てきた類の物とは一線を画してるね」


「そうだね、ヨーロッパや南米にはない、南アジア、それもインド周辺限定のタッチだね」


「しかも見る角度によって全然表情が変わってくる」


「うんうん。身に纏っているアクセサリーもオシャレだ」


「本当に惚れ惚れするね」


 魅入られるように壁画を見ていると、メテムが壁画の横に並んだ。


「ユウキ、ちょっとみて、これどうよ」


 シーギリヤレディと同じようなポージングを取る。


「うんうん、可愛い可愛い。雰囲気あるよ」


「そう? やっぱり?」


「うん、シーギリヤレディにも負けず劣らず魅力的だよ」


「フフン、そうだろうそうだろう」


 どうやら、満足したようだ。僕は内心胸を撫で下ろした。


 それからもしばらくシーギリヤレディを眺め続けた。

 この貴婦人に会うためだけに遠路はるばる来たのだから、当然といえば当然か。

 僕たち、少なくとも僕は間違いなくシーギリヤレディの美しさに魅入られたのだろう。

 それほど抗えない魅力をこの壁画からは感じた。

 何分位経ったか、いつまでもいたかったが後ろがつかえていたようなので、惜しみながらその場を後にした。


挿絵(By みてみん)


 それからしばらくまた階段を登った。

 そろそろ体力の限界だ。

 そう思ってた頃、開けた場所に出た。


「ふぅふぅ、メテム、ここが屋上かな」


「んー、違うね」


「え? 違うの?」


「当たり前だろ、上にまだまだ続いてるだろ」


 そう言われて辺りを見回すと、確かに中央にまだ続きがあった。


「もう、ここが屋上でいいんだけど……」


「何馬鹿な事言ってんだよ。ほら、あの変な足の爪の彫刻があるとこ、あそこに階段あるぞ」


 釣られて視線を移すと、確かに何か動物の足の彫刻があった。

 そして両足の間に階段があり上に続いている。

 クタクタになりながら上を見ると、どうやら屋上はあと少しのようだ。


「ユウキ、これライオンの足なんだってさ」


 メテムが隣にいた人と会話しながら教えてくれた。


「昔はライオンの胴体や頭もあって、今の階段はライオンの口の部分だったらしいよ」


「へー、そうなんだ……」


 疲れで朦朧としながら僕は相槌を打った。


「さて、あと少し、頑張っていこう」


 そう言うとメテムは軽快に階段を登っていった。

 それからまた頑張って登る。

 頂上に近づくにつれ、風が強くなってきて注意が必要だ。

 さらに厄介なのが、蜂の存在だ。

 登る前に看板があったんだけど、なにやら頂上に行くまでに蜂が巣を沢山作ってるようで、それに気をつけろとの事だった。

 気をつけろってどうしろというのだろうか。


「メテム、蜂が襲ってきたらどうする?」


 僕はメテムに話しかけた。


「んー、私はなんとかなるよ」


「なんとかって?」


「ほら、前にインドでかけたセーフティーがあるからさ」


「ちょっと、それ僕にもかけてよ」


「んー、ユウキが襲われたら面白そうだから見ておくよ」


「ちょっとちょっと、まじでかけてよ」


「キシシ、ほら、蜂の事なんて気にしないで登ろう。もうゴールが見えてきたぞ」


 メテムが頂上に顔を向ける。

 釣られるようにみると、確かにもう目と鼻の先だ。

 少し気力が回復したので、僕は駆け足で登っていった。


「うわー、凄い眺め!」


 屋上に立つとメテムは真っ先に声を挙げた。

 確かに無理も無い。

 屋上にはまるでバビロンの空中庭園と言われても不思議ではない景色が待っていた。

 遥か高所に数々の建物の痕跡があり、それを雄大な景色が囲む。

 肝心の建物自体は残っていなくても、土台などから当時の様子も容易に伺える。

 目の前に広がる景色も1200段も登った甲斐があって、何より周りには高層ビル等が一切無い事もあり、奥にある山まで何も邪魔すること無く広がっている。


「そうだね、当時の王宮の凄さがこれだけでも分かるねえ」


「うんうん。ちょっとユウキ、ここ来て。ここダンスルームなんだってさ」


 そう言いながらメテムは一つの土台に向かった。


「ダンスルーム、優雅な響きだね」


「こっちは何だと思う?」


 また別の土台のそばにメテムが立つ。


「うーん、なんだろう」


「ここ、底が深いでしょ。なんでしょ~」


「いやー、まさかお風呂とかプールの訳はないしなあ。こんな高い場所に」


「ふふふ、実はそのまさかの沐浴場でしたー」


「え、そうなの? こんな高い場所にそんなのがあったの?」


「らしいよ、受付でもらった資料に書いてるもん」


「へー、それはまた。こんなとこに水を持ってくるだなんて途方も無い話だね」


「だねえ、一回登るだけでヒーコラ言ってるユウキには出来ないねえ」


 そう言うとメテムは僕を見てキシシと笑った。


「メテムさ、ここに住んでいたカッサパ王はどんな気持ちだったのかなあ。向こうの山まで見れて、優雅に暮らしてたんだろうかな」


「うーん、そうでも無いみたいよ?」


「そうなの?」


「うん、なんだか父親殺したことに後悔してたみたいで、さらに弟がいつ攻めてくるのかビクビクしてたみたい」


「へー」


「こんなところに遺跡を作ったのも、その不安の現れなのかもね」


 そう言うとメテムは、沐浴所の近くにある椅子に腰を下ろした。


「ユウキもここに座りなよ。この椅子、沐浴所にある玉座なんだって」


「玉座?」


「うん、お風呂入ったり、ここに座って休んでたんだってさ」


「へー、玉座まであるなんて優雅な暮らしだあ」


 そう言うと僕もメテムの隣に腰を下ろした。

 それから僕たちはしばらくシーギリヤロックを何をするでもなく眺めた。

 こんな辺鄙な場所の崖の上にこんな王宮を建てる、人間は不思議なもんだ。

 そう言えばギリシャのメテオラ修道院も、ペルーのマチュピチュも、高い場所に作られてるな。

 人間古今東西根っこにある本質は一緒ということか。

 そんな事を考えて眺めていたら一つのアイデアが浮かんだ。


「メテム、メテム」


 隣りにあるメテムの二の腕をつまむ。


「ん? 何だよ、変なとこ触るなよ」


「あのさ、魔法でさ、昔の様子とか見れない?」


「昔?」


「そそ、タイムトラベルとまでは言わないけど、過去の様子をちょっとだけ見れないかな~なんて……」


「いや~流石にそれは無理だろ……」


「そ、そうだよね……」


「うん」


 それからまた沈黙が続く。

 と言っても二人共胸に響いたものがあるようで、それを自分の中に取り込んでいる間だ。

 居心地の良い沈黙といえる。

 しばらくはここに座って堪能するか、そう思ってたら今度はメテムが声を挙げた。


「あー」


「どうしたの?」


「いや、昔の景色を覗き見る事は出来ないけれど、もしかしたら再現は出来るかもしれない」


「え、ほんと?」


「うん、もしかしたら、だけどさ」


「どうするの?」


「いやさ、この遺跡には沢山の人々の強い意思が残ってると思うのよ。それを魔力で掘り起こして具現化させることなら出来ると思う」


「え、それは凄い! そんなこと出来るんだ」


「うん、もともと何かトラブルがあった時とかの調査に使うのよ。でも小物とかならよくやるんだけど、こんな巨大な遺跡にかけたことはないからなあ。しかも人の意思が強く残っていないと駄目だし」


「それは大丈夫じゃないかな。これだけの遺跡だもの」


「でもなあ1000年以上経ってるからなあ。まあいいや、いっちょやってみようか」


 そう言うとメテムは玉座から離れて遺跡の中心へと向かった。


「ユウキ、これだけの規模だから集中しないといけないのよ。ちょっと静かに待ってて」


「了解、頑張って!」


 静かにメテムを見守る。

 メテムはまず腰にぶら下げていたマスクを被った。

 それから数回深呼吸したように見える。

 そして魔法書を右手に持つと、腰を崩して半立になり、地面に左手をつけた。

 それからしばらくその姿勢を維持していた。

 おそらく何か呪文でも唱えていたのかもしれない。

 が、距離があったのでこちらまでは何も聞こえてこなかった。

 1分位経った頃だろうか。

 地面についていたメテムの左手が急に輝きだした。

 それから更に経つと、手の光が地面に染み渡り、あっという間もなく遺跡全体に広がりだした。

 そして全体に行き渡った光が少しずつ垂直に登り始め、気付いた頃にはなんと目の前に光で再構築された王宮が広がっていた。


「ふう……」


 メテムがマスクを脱いで疲れたように息を吐いた。


「メテム……」


「ん?」


「これ、凄いね……」


「そうだね。ここまで立派に再現されるなんて、思っても見なかったよ」


 辺りを見回してメテムが言う。

 光できた王宮、それは本当に見事だった。

 もともとは土台しか無かった遺跡だが、今では壁や天井が再現されていた。

 それも1000年以上前の、だ。

 長い年月を経てこうして再び姿を見ることができる。

 奇跡とも言えるような光景に僕は思わず惹きこまれていた。


「ここにいた人は、こういう光景を見てたんだねえ」


「そうだね、この作りは見事だよ」


 そう話しながら壁に触れる。

が、流石にそこに手触りはなく、ただ手が光の壁を通過しただけだった。


「ユウキ、沐浴所に行ってみよう」


 そう言うとメテムは器用に建物の間を抜けていった。

 沐浴所は建物の間を抜けていき階段を降りた先にある。

 土台の状態ならばすぐに一直線で行けたのだが、建物がある今となっては少し歩かなければならない。

 まあ勿論壁を突き抜けていけば行けるけれども、流石にそんな無粋なことは出来ない。

 当時の人に倣って道を進んでいったところに、完璧に再現されていた沐浴所があった。

 今ようやく分かったのだけれど、沐浴所にはもともと壁が無かったようだ。

 少し腰を降ろしたら、外の光景が一望出来る作りになっている。

 そして後ろには先ほどの玉座があった。


「流石にカッサパ王まではいないか」


 僕は空いている玉座を眺めながら呟いた。


「ん? どうしたの?」


「いや、玉座の主がいないなって」


「ああ、人が再現できないわけじゃないのよ。でも流石に時が経ちすぎてるし、思念がなかったのかもね。というかこれだけ巨大な場所を再構築したから、そこまでは意識がいかなかったのかも」


「あ、いいよいいよ。これが見れただけで十分」


「そうだね、ユウキ。せっかくだから沐浴所入ってみなよ」


「あ、それはいいかも。水はないけれど、雰囲気ぐらい味わえるね」


 そう言うと僕はメテムに手を引かれて沐浴所へ入った。

 中にあった段差に腰を落とす。

 すると外の景色が良い感じに視界にまとまった。


「うーん、メテム、これ本当に贅沢だねえ」


「そうだね、こんな状態で風呂入れるだなんて、優雅だ~」


「外の景色もさ、普通こんなの見れないよ。周りが開けてて、この高さの天然風呂だなんて」


「うんうん、日本じゃ再現できないよね」


 そんなやり取りをしながら僕たちはゆっくりした。

 どれ位経ったか、僕はすっかり水に浸かっている気分になってリラックスしていた。

 そしてふと隣のメテムに目をやると、何やら外の景色ではない方向を見ている。


「メテム、何見てるの?」


 そう話しかけて視線の先を追ってみる。

 すると、その奥には薄ぼんやりとした人影が見えた。


「メテム!」


「分かってる、あれ当時の人の誰かだ。ちょっと行ってみよう」


 言うやいなや僕たちは沐浴所を出て、人影の方へと向かった。

 人影は沐浴所とは反対側の岸辺にいた。

 建物に背を向けて、外の光景をじっと見据えながら立っている。

 よくよく見てみると、裾の長いローブを身にまとい、ボンヤリとだが頭には何かのサークレットらしきものを被っているのが分かった。


「メテム、この人もしかして……」


「うん、間違いない。カッサパ王、その人だよ」


「やっぱりそうだよね」


「この身なりも然ることながら、遺跡によっぽど意思を込めてる人なんて他にいないだろ」


 そう言われて改めてカッサパ王と思われる人影を覗き込んだ。

 カッサパ王は、ずっと先に広がる光景を見据えている。

 少しだけ読み取れるその表情からは、あまり良い雰囲気は伺えない。

 不思議なものだ。

 こんな雄大な遺跡を独り占めしている割には浮かれている様子にはとても感じられないとは。

 いや、しかしそれも最もなのかもしれない。

 先にメテムが説明した様に、心のなかでは父親に対する懺悔や、弟に対する不安や恐怖が渦巻いていたのだろう。

 それから逃れるためにこんなものを作ってはみたが、結局逃げきれなかったのか。

 僕は目の前に立っている人影を前にやるせない気持ちが隠しきれなかった。


「メテム……」


 カッサパ王を見てメテムがどう思ってるか気になった。そして話しかけたその矢先……。

 パッと一瞬の内に光でできた神殿やカッサパ王が消えた。


「あー、時間切れだ」


 メテムが言う。


「流石にこれ以上は維持できないよ。魔法の限界」


「そうなんだ、そんなのあるんだ」


「うん、もともと長時間使うのに適した魔法じゃないからね。今のが精一杯だよ」


「そかー、でも十分だね。色々堪能できた」


「そうだね、遺跡の概要も掴めたし、何よりカッサパ王に会えたのが大きいね」


「うんうん、でもカッサパ王、とても寂しそうにしてたね」


「まあ、身の内に宿る思いは、複雑だったんだろうね。父親殺して、弟には怯え。とても頂点に立つ人間とは思えないね」


「そうだろうねえ」


「それでさっきのさ、思いふけた影のある表情をしてたんだよ」


「とても浮かれてる雰囲気じゃなかったね」


「遠くを見据えて、何が眼に映ってたのか。それはもう誰も知らない、か。よしそろそろ下に降りよう」


 そう言うとメテムは踵を返して出口へと向かっていった。

 そして階段の手前につくと、最後にまたシーギリヤロックへ顔を向けた。


「形あるものはいつか壊れると言うけれど、そこに込められた思いだけは色褪せるものではない。それを紡いでいくことこそが、次の世代への大切な財産なのかもね」


 大切な財産、か。僕は目を閉じて先程広がっていた光景に胸を傾けた。


「あー、また1200段もあるのか」


 僕は帰路につくなり、先を思いやって口に出した。


「まあ下りだから行きよりは楽だよ。それより蜂に気をつけろよな。頭上にあるぞ、巣」


「ヒィッ」


 僕は慌てて階段をかけおりた。


「あっはっは、その調子その調子」


 一目散に逃げる僕の背後からメテムの笑い声が響いてくるのだった……。

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