ナババーシャ祭
Kathmandu Boutique Hotelには嬉しいことに毎日朝食がつく。
食パンが2枚に目玉焼きが2個、それにジャムとバターがついて、あとは甘いコーヒーが飲み放題。
決してバッフェのような豪華さはないけれど、長く滞在する上ではこれぐらいシンプルな方が良い。
朝食を食べる場所は入り口の隣にあるテラスだ。
結構広いテラスで、僕たち以外にも他の旅行者が朝食を食べていた。
……モグモグ。
メテムがパンの上に目玉焼きを乗せ、塩をかけて器用に食べている。
「なんだかメテムが食べると、どんなものでも美味しそうに見えるね」
「……フググ……そうだろうそうだろう……私は……何でも……モグモグ……味わって食べる……からな……」
「ちょっと、口の中に物いれて喋らないでよ」
「んー、旨いなあ。この目玉焼き、絶妙な焼き加減だよ。スタッフさん! 今日の目玉焼きもいい感じだねえ」
口の周りを黄身だらけにしてメテムがホテルのスタッフに話しかける。
「メテムさん、そう言っていただけて嬉しいです。毎日きっちり朝食を食べてくれるのはメテムさん達だけなんですよ」
「そなの?」
「はい、皆さん数日経ったら飽きるのか、モモとかを外で食べてらっしゃるようです」
「ふーん、それは勿体無い」
「それはそうとメテムさん、今日はいかがお過ごしされる予定ですか?」
「ん? 今日は特に予定ないなあ。トレッキングの下見でもしようかなと思ってるかな」
「それならばお祭りに行かれてみてはいかがですか?」
「お祭り?」
「はい、今日はネパールの正月なんです。ナババーシャというお祭りが行われます」
「え? 本当?」
「はい、こないだメテムさんが行ってらしたバクタプルの街のすぐ近くにティミという街があるんです。そこで行われますよ」
「やった! ユウキ、今日はそこ行こう!」
そう言うと同時に、メテムは残りの目玉焼きを口に押し込んだ。
やれやれ、この分じゃゆっくりしてる時間は無さそうだ。
僕は観念し、朝食を素早く腹に収めた。
メテムはというともう門の方へ向かっている。
僕も慌てて席を立った。
「……ですがメテ……ん、一点……注意す……とがありまして……」
後ろでスタッフが何か言っているのが聞こえる
「メテム、スタッフが何か言ってるよ」
話しかけるも、もう外をテクテクと歩き続けている。
ええい、仕方ない。どうせ大した用件じゃないだろう。
「んじゃ、行ってきます。夜頃戻りますんでー」
スタッフに伝えメテムの後を追った。
ティミの街へはバスで行くことになる。
僕たちはターミナルへ向かった。
目的バスはすぐに見つかったが、流石に祭りとあって人だかりの山だ。
とても乗れる雰囲気ではない。
「やっぱ人が多いね」
「そうだね、私達だけじゃなく地元の人も行くからねえ」
「メテム、なんか無いの? 足が早くなる魔法とか」
「んー、一応あるよ。足が早くなる魔法はアギリティー、腕が強くなる魔法がストレングス」
「んじゃアギリティーで歩いて行く?」
「いや道が分かんないだろ」
「あー、それもそうか……」
そんな事を話しながら次のバスを待とうとしていたところ、目の前のバスの運転手が降りてきた。
「ティミに行きたいんだろ? これに乗りな」だって。
しかし乗れったってこれのどこに乗ればいいんだろう。
バスはすでにすし詰め状態だ。
7人乗りのバンにおそらく20名位は乗っている。
スペースらしきものは扉入り口に足だけが乗せられそうなのがあるぐらいだ。
「いやいや、おっちゃん、流石にこれは乗れないよ」
メテムが最もな事を口にした。
が、運転手はひたすら「乗れ、乗れ」の一点張り。
あまりにも運転手が五月蝿いのでどうしたもんだかと思ってたら、運転手が少しだけあるスペースに足をもぐらせ何とか立ってみせる。
どうやらこういう風に乗れということらしい。
でもでもちょっとまて。
足だけはかろうじて車内にあるけれど、それじゃ肝心の上半身が完全に外に出ちゃってるでしょ。
絶対扉閉まらないし無理だ。
そう思ったのだけれど、運転手は真剣らしく、拒否を一切受け付けない目で僕たちを見ている。
「メテム、どうしよう……」
「……うーん、ちょっとやってみようか」
仕方ないので僕たちは足を車内に乗せた。
そして手で車の屋根をしっかり掴み、上半身を車の外に出すというアクロバティックな姿勢を取った。
想像してもらうとわかると思うけど、およそおそらくマトモな姿勢とは言えない。
「メテム、無理無理。とても無理。これはまずい」
「確かにこれはきついねえ。ちょっと次のバスにしようか」
そう決めてバスを降りようとしたところ、事もあろうかバスが僕らを乗せて動き出した。
思わずしがみつく二人。
そしてバスは無慈悲にもスピードをどんどん上げていく……。
「うっひょー!」
後ろからメテムが叫んだ。
キツイだろうとは思うけれど、メテムの性格上こういうハプニングはきっと楽しんでるに違いない。
僕はといえば、前に立っていることもあって全身で風を受け止めざるをえない。
とてもそんな余裕は無かった。
「メ……メテム……メテム」
「んー、何?」
「あれさ、さっき言ったあれかけて」
「え? 何? 聞こえないよ」
「あれだよあれ、力が強くなるやつ」
「力?」
「ストレングス! 魔法かけてって言ってるの!」
「あーストレングスか。でも悪いけど両手塞がってるからできないよ。我慢して」
「ちょっとー、本当にキツイんだけどっ――――!」
僕の渾身の悲鳴が車内に響く。
死にそうになりながらなんとかティミに着いたのは、それから20分後の事だった……。
「ユウキ、あれ見て! なんだか行列がある!」
街へ着くなりメテムが何かを指差す。
が、僕はとてもそれどころじゃない。
握力がほぼ無くなりそうで今にも倒れそうだ。
「……メ、メテム、ちょっとまって」
なんとかそれだけ言うと僕は道の端に座り込んだ。
「んもう、ダメなやつだなあ」
「メテムほら、僕は前だったから風が辛かったんだよ」
「分かった分かった、ほら、あそこ見てみなよ」
なんとかメテムの指し示す方を見てみると、何やら賑やかな団体がいた。
先頭に立つ人が太鼓を鳴らし、両サイドにいる人はお鍋の蓋のようなものを二つ持ちシンバルの要領で鳴らし囃し立てている。
そして中央には神輿を担いでいる若い人たちがいた。
「あれだね、祭りやってんだよ。間に合って良かったー」
「そうだね、メテム。ちょっと色々街を練り歩いてみようか」
そう言って僕は立ち上がり、二人で街を回ってみることにした。
軽く歩いてみるとやはり街はお祭りムード一色だった。
どこもかしこも団体が騒ぎ立てている。
国を挙げての祭りだということがよく分かる賑やかさだ。
そしてどうやら団体はある方向に向かって進んでいるようだ。
僕たちもその方向へ向かってみる。
目的地はどうやら寺院らしい。
聞いたところによるとシッディカリ寺院というようだ。
寺院付近では正装していた女の子が列を作って並んでいた。
その先には何があるんだろう。
不思議に思って先へ行ってみる。
すると、寺院の入り口では女の子たちが手にお米を持ちそれを寺院へ投げ入れいた。
それから焼べていた炎に一瞬手を入れて、お祈りしている。
「流石にこれは僕らには出来ないね」
「そうだね、厳かな類の物だから観光客じゃダメだろうね」
そんな事を言いながら列を眺めている。
すると今度は寺院の人達が何かを皆に振る舞い始めた。
よく見るとカップに飲み物をいれて渡しているようだ。
これぐらいならば僕たちでも問題無いだろう。
そう思って貰ってみると、白い液体が入っていた。
匂いからアルコールなのが分かる。
おそらくネパールのお神酒なのだろう。
普段お酒は飲まないけれど、雰囲気に飲まれて思わず飲んでみる。
味は薄い日本酒のような感じだった。
ネパールの片田舎でお神酒を飲む。
これはなかなか悪くない経験だ。
お祭りの中心地を見た後、僕たちはまた街を歩いた。
どうやら日本のお祭りと違ってネパールでは屋台などというものは無く、食べ物は調達出来ないようだ。
その分神輿の数が多く、頻繁に通り過ぎていく。
威勢よく音を出しているのでこれはこれで見応えがある。
そしてよく見てみると、神輿を担ぐ若者がオレンジ色の粉のようなものを全身に被っているのにも気づいた。
先頭にいる人が粉を振りまいていたので、おそらくあれだろう。
やってる当人にとっては楽しいのかもしれないが、観光客にとってははた迷惑な話だ。
粉に注意しながら進んでいると、今度は路地で不思議なものを見かけた。
老婆が何か平べったい機械を地面に置いて客引きをしているのだ。
「メテム、あれ何かな」
「うーん、なんだろうねえ。体重計っぽいけども……」
「体重計?」
「いやわかんない。謎だ……」
不思議がって僕たちはしばらく老婆を見ていた。
すると、程なくして現地のおじさんが老婆に近づいた。
ポケットから小銭を出し老婆に渡す。
そして靴のまま機械の上に乗った。
そして機械を覗き込み満足したのか、それ以上何も要求すること無く去っていった。
「……あれ、メテムの言うとおり体重計っぽいよ」
「体重計屋さんか。不思議なビジネスがあるもんだねえ……」
「そうだねえ、凄い国だ……」
珍しい物を見た後、プラプラしていたらいつのまにか先ほどの寺院付近へ戻っていた。
「結構あっという間に見終わったねえ」
メテムが呟く。
「そうだね、まあ小さな街だからしょうがないかもね」
「うんうん。まあでも神輿も見れたし、お酒も飲んだし、十分か。それじゃバス乗って帰ろう」
「……バス、帰りもまたあれなのかな」
「あはは、どうだろうね。でもあれだよ、帰りはストレングスかけてやるよ」
「うん、それがないと本気でキツイ」
そんなことを話しながら僕たちはターミナルへと歩いて行った。
ターミナルへ向かっている途中、また神輿の団体にすれ違う。
小さい街にこれだけの数の神輿だ。
もう珍しいものではない。
そんな風にしてあまり気をとめ無くなった頃……。
ボフッという音がしたと同時に突然視界が一瞬でオレンジ色になった。
!?!?……なんだ、何があったんだ。
慌てて体を見回すと全身がオレンジ色になっている。
……やられた、これ団体が振舞っていたオレンジ色の粉だ。
「あっはっは、ユウキ。投げつけられたねえ」
隣を見るとメテムが嬉しそうにこちらを見ていた。
「いや、さすがに、旅行者に向かってこれはなくない?」
きっと僕は情けない表情をしていたのだろう。
それを見たメテムはさらにテンションが上がったようだ。
「いやいや、いいじゃんいいじゃん。それあれだよ、確かティカっていうやつだよ」
「ティカ?」
「うん、普段ほらネパーリが額にオレンジ色の丸をつけてるじゃん? それがティカ。で祭りになるとそれを投げ合うんだってさ。あっは、しかしあれだ、おまえ幸運があるぞ」
「……ティカって幸運の象徴なの?」
「いやただ適当に言っただけ」
「……」
「おまえさ、インドではうんこ投げつけられるし、ネパールではティカ投げつけられるし、本当に一緒にいて楽しいやつだな」
「……」
もう今更何を言ってもしょうがない。
僕は全身オレンジ色に染まりながら帰路へ着くのだった。
帰りのバスは幸運な事に中に入ることが出来た。
というよりもティカまみれの僕に触れたくないのか、皆が譲ってくれた感じだ。どうやらティカも悪いことばかりではないようだ。
まあこんな些細な幸運はいらないけど。
タメル地区へ戻りホテルへ着いた。
急いでシャワーでも浴びようと中へ入ろうとしたところ、朝に会ったスタッフが僕らに気づく。
そしてティカにまみれた僕を見て一言呟く。
「だから忠告したのに……」
やれやれ。
天井にぶつけたわけでもないのに頭が痛くなったのは、決して気のせいではないだろう……。




