第6話 離婚するのは誰でしょう
「ラベンダー。少し、二人で話そう」
夫がこちらへ椅子を寄せました。
その袖をスカーレット様がつかみます。夫は「少しだけだ」と振りほどこうとしましたが、その手に義母までつかまりました。
左右から引かれている方と、内緒話をするのは難しそうです。
「お話でしたら、ここで伺います」
「夫婦の間には、他人に聞かせるべきではないことがあるだろう」
「先ほど、皆様の前で離婚をお申し出になりましたね」
「あれは…… 考え直してもよいということだ」
スカーレット様が夫の腕を、もう一段強く引きました。
「ブリヤン! この子はどうなるの?」
「だから、少し黙っていてくれ!」
運命の恋が、初めて私の役に立ちました。夫の椅子が元の位置へ引き戻されます。
審理官は私の離婚意思を改めて確認し、夫の申し出とは別に、私からも離婚を求めていたことを告げました。
今朝の宣言だけが頼りでしたら、今の一言で振り出しへ戻ってしまいます。準備はしておくものです。
「婚姻当初からの扱いと、婚姻外の関係については、本人の発言と証言で確認できました。ラベンダー殿に、子がない責任があるとする主張も認めません」
「だから、それはもうよい、と言ったではありませんか」
「あなたがよいとおっしゃったと言っても、確認を省くことはできません」
夫は署名用のペンをにらみました。
続いて、義父と義母の婚姻についての判断が読み上げられます。
不貞と、出生を偽って届けさせた経緯。それに対する義母の返事は、最後まで「こんな昔のことで」でした。
審理官には、証拠と当事者を確認した上で離婚を裁定する権限があります。今日この席へお越しいただいたのも、ただ、夫婦喧嘩の仲裁をお願いするためではありません。
さて、めでたく二組の離婚が裁定され、成立の日付が読み上げられました。
私は確認を終えた書面へ署名し、夫だった方へペンを渡します。ブリヤン様は受け取るのをためらいましたが、私との離婚をいつまでも止めているわけにはいかないと説明され、乱暴にご自分の名を書きました。
「次に、出生届の父の記載を訂正し、それに伴う嫡男としての登録を取り消します。加えて、当主の申立てと親族の同意に基づき、後継者指定を解除いたします」
先ほどまでの夫は、椅子から半分腰を浮かせました。
「叔父上たちも、同意したと?」
「したとも」
バーント伯爵が答え、グレイ子爵も、用意してきた同意書を示します。
この二つの家は、伯爵の弟たちの家です。ヴァイオレット様のご実家に当たるマンダリン子爵家とは、別の家。スカーレット様が「身内ですもの」と微笑んでいた間にも、私たちの準備を手伝ってくださいました。
「叔父上たちまで、裏切ったのか!」
「お前がラベンダーさんへ押しつけた招待状の返事を、誰と相談して書いていたと思う」
グレイ子爵が、私の前の書類へ手を添えました。
「仕事を教えようと呼んでも来ない。説明をすれば、妻に聞いておけと言う。その妻と私たちが話をしていて、何が不思議だ」
ブリヤン様は叔父様方の奥様へも顔を向けましたが、お二人とも、困っている私へ手を貸した時と同じように、私の隣に座っています。
ローズとペールも、書類を片づけ始めました。義母だった方が呼びつけても、こちらの作業を終えてから顔を上げます。
「あなたたち、誰のおかげでこの家に上がれたと!」
「今後の配置につきましては、伯爵様からご指示をいただいております」
ローズはそれだけ答え、私の手元から空いたインク壺を下げました。
古参の使用人についても、伯爵はそれぞれの対応を調べています。夫人がそうおっしゃるから、と私への仕事を怠った者には、役目の変更や再教育が決まっていました。
私が教えた二人は、これからも私付きです。
「ではヴァイオレット、ブリヤン。お前たちには、この屋敷を出てもらう」
伯爵が告げると、元夫人は椅子の肘掛けをつかみました。
「わ、私のお金も、宝石も、取り上げるおつもり?」
「お前自身の持ち物は持っていけばよい。私物と家の所有物は、目録で確かめる。ブリヤンも、自分の預金まで失うわけではない。ただし、今後の請求をこの家へ回すことは認めない」
スカーレット様が、握っていた腕を少し緩めました。
「お家を出たら、私たちはどこへ住むの?」
「それについては、住まいと働き口を一つ用意してある。条件は後ほど説明する」
伯爵の返事を聞き、ブリヤン様は今度こそ、キッと私をにらみつけ、地獄の釜の底から響くような声で言いました。
「ずいぶん用意がよいじゃないか。お前が父上に取り入って、侯爵家まで使って仕組んだのだろう!」
「縁談を持ち込んだのは、私だ。勘違いするな」
伯爵が、ご自分を指しました。
「三年前、私がクリムソン侯爵家へ出向いた。ラベンダーにも、その時から相談している」




