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夫が出戻り従姉妹との結婚を宣言しました。ではお義父様、例の件をお願いいたします。  作者: さんけい


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第5話 庭番の証言

 扉から入ってきたマースさんは、帽子を両手で持っていました。

 白髪の交じった髪を短く切り、よく手入れされた上着を着ています。太い指の節には、小さな傷痕がいくつもありました。

 この方に私が初めてお会いしたのは、領地の農場を見せていただいた時です。植えつけ前の畑を案内しながら、雨が続くとどこに水がたまるか、教えてくださいました。

 夫が来た時には収穫物を並べた納屋しか見なかったと、後から聞いております。育っている途中には、ご興味がなかったのでしょう。


「マース殿。事前に伺ったことを、皆様の前でもお話し願えますか」

「はい」


 審理官に促され、マースさんは帽子を椅子へ置きました。

 義母はその顔を見たとたん、さっきまでとは違う調子で話しかけます。


「久しぶりね。あなたも、ずいぶん年を取ったこと」

「奥様も、お変わりなく」


 義母は褒められたつもりで顎を上げましたが、マースさんは続きを待たず、審理官へ向き直りました。


「私は若い頃、このお屋敷の庭で働いておりました。夜に奥様のお部屋へ呼ばれるようになり、初めは鉢植えの手入れだと聞いていました」

「ほら。庭仕事だったと言ったでしょう」

「……二度目からは、鉢植えはありませんでした」


 義母が、唇を結びます。


「ですからお断りしました。ですが、奥様のご不興を買えば、ほかの屋敷でも雇ってもらえなくなると―― こちらの紹介がなければ、次の勤め先を探すのも難しい身でした」

「……嫌だったなら、辞めればよかったじゃないの!」

「辞めたいと申し出た時も、あの頃の奥様はお許しになりませんでした」


 マースさんが答えると、義母は義父へ顔を向けました。


「そんなに大事にするようなことではありませんわ。若い頃の、ほんの気晴らしですもの」

「その気晴らしで、何をしたのかを聞いている」


 義父の返事を受け、審理官が古い書状を一枚ずつ並べました。

 夜の呼び出しは一度きりではありません。最後の方の一通には、マースさんが退職を願い出たことに触れ、伯爵夫人の命令に従うよう書かれていました。

 夫は目の前の写しを読み、同じ箇所へ何度も目を戻しています。


「ブリヤン様を身ごもられた後、奥様から、父親は私だと告げられました。けれど、旦那様のお子として育てる。私が名乗ることは許さない、と」

「あなたが勝手に思い込んだのよ」

「こちらは、ご出産後の書状です」


 審理官が、次の一枚を示しました。

 そこには、子供の父親を口外しないようにという言葉と、伯爵の跡取りになった子に近づくな、という指示があります。

 筆跡は、私の侍女について指示したあの封書と同じです。「命じます」の最後の文字を、義母は決まって大きく伸ばすのでした。


「この書状は、当時侍女だった方がマース殿へ届けたことも確認しております。配達の経緯と、夫人から口止めされたことについて、証言を得ました」


 審理官が署名入りの証言書を重ねると、義母はそれをのぞき込みました。


「はあ? あの子、まだそんなことを覚えていたの?」


 はて、どうやらお忘れになるはずだと期待していたのは、この部屋で義母だけのようです。

 義父がマースさんへ椅子を勧めました。ずっと立ったままだった方が腰を下ろしてから、話を続けます。


「私は当時、マースから退職を願い出られて事情を聞いた。だが、ヴァイオレットはすべて否定した。書状も、その男が偽造したのだと言い張った」

「実際、そうかもしれないでしょう」

「今、その届け手の名前を見て、覚えていたのかと言ったばかりだ」


 義母はテーブルから手を下ろしました。

 その元侍女は、退職後に遠方へ移り、結婚して姓も変わっていたそうです。所在を確かめ、ほかの当時の証言とも照らし合わせるまで、ずいぶん時間がかかりました。

 義父はマースさんを、妻の命令が届かない領地の農場へ移しています。そこでの仕事と住まいを用意し、正式な証言を頼む時には、改めて本人の意思を確かめたのでした。


「では、この男が……」


 夫が、マースさんの顔を見ました。


「冗談ではない。私は伯爵家の嫡男だぞ。こんな農夫が、私の父親などと!」

「私が誰を選んだと思っているの。昔はもっと立派だったのよ!」


 義母が息子をたしなめ、途中で口を押さえました。

 スカーレット様はマースさんの上着から靴まで眺めています。義父の方も同じように眺め、夫の袖を引きました。


「でも、育てた方がお父様なのでしょう? だったら、お金も今までどおりでよいのでは?」


 おや、この方にとっては、誰を父と呼ぶかより、誰がお支払いになるかが大切らしいのです。

 マースさんは夫から目をそらさず、両手を膝に置いていました。


「名乗ることはできずとも、ご立派に育っておられるなら、それでよいと思っていました」

「お前に育てられた覚えはない!」

「はい。ですから、これまでの私の暮らしも、あなたには関わりのないことです」


 夫が口を開けたまま、言葉を探します。

 義父から伺ったところ、マースさんは今も独身です。自分が事実を隠す手伝いをしたという負い目があり、家庭を持つ気になれないまま、畑の仕事に打ち込んできたそうでした。

 だからといって、これから息子の言うことを何でも聞くおつもりもないのでしょう。

 審理官が、確認を終えた書類を一つにまとめました。


「それでは、両婚姻の解消と、ブリヤン殿の身分・継承に関する判断へ移ります」


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